- ナノ -

お人形さんも手は繋げる


インターン二回目。 水世は今回もサイドキックの二人と後処理のために駆け回っていた。常闇は空を飛ぶための方法はまだ模索中なようで、前回同様に黒影を纏ってホークスを必死に追いかけている。


「へえ……オールド・ニックちゃんは双子なんやね」

「はい」

「末っ子なんは意外やなあ。しっかりしとうけ、勝手にお姉ちゃんかと思うとった」


水世は基本サイドキックとの行動が多いせいか、ホークスよりも彼らと話すことが多く、まだ出会って日は浅いが、それなりに世間話もできる程度にはなっていた。彼らは口調や物腰も柔らかいためか、比較的話しやすかったというのもあるだろう。

処理を終え、ホークスがいるだろう現場へと走る。それを繰り返しながら、水世は以前よりも体力がついたのではないかと、ぼんやり考えた。既にホークスの姿も、常闇の姿も彼女には見えない。流石だ、なんて感想を抱きながらサイドキックの二人に続いていたが、ふと聞こえた泣き声に、彼女は足を止めた。

歩道の脇に、少女が一人で泣いていた。そばにはそれを宥めている様子の男女がいるが、泣きやまない少女に困り果てているようだった。親子なのかと思ったが、男性が名前を尋ねたりしていたため、知り合いでないことはわかった。

先を走っていた彼らも、少女の泣き声に足を止めていた。水世は少し考え、意を決して男性に声をかけた。


「どうかされましたか?」

「ん?ああ、いやな、このお嬢ちゃん迷子みたいなんよ。お母さん探してあげたいんやけど、泣きやまんからなんもわからんくて」


なるほどと頷いた水世は、しゃくりを上げて泣く少女の前にしゃがみ込むと、少女の顔の前に手を出した。何かを閉じ込めているかのように右手で左の手のひらを覆っており、少女は涙をぽろぽろとこぼしながらも、不思議そうに水世を見た。

水世は“個性”を発動させると、手のひらの上に水で小さなうさぎを作った。そっと右手を退けて見せれば、彼女の手のひらの上でうさぎがぴょんぴょんと跳ねる。ぱちくりと瞳を瞬かせた少女は、パッと顔を明るくさせ、うさぎに興味を見せた。


「うさちゃんだ……!」

「好き?」

「うん!」


泣きやんだ少女に内心安堵しながら、水世は少女に名前を尋ねると、素直に名前を教えてくれた。カナコというらしい少女は、母親とはぐれてしまったのだと話してくれた。


「じゃあ、お姉ちゃんが、一緒に探してあげる」

「ほんと?」

「うん」


立ち上がった水世に、サイドキックの二人が駆け寄った。彼女が簡単に事情を説明すれば、二人は心配そうに顔を見合わせた。

水世は土地勘がない。そのため、母親を見つけたその後、合流できるかを心配しているのだ。それならば、福岡で活動している二人のどちらかが母親探しを行い、水世ともう一人はホークスのパトロールについた方がいいのではないか。そう提案されたが、水世は自身の足にしがみついて二人を見ているカナコの様子に、苦笑いを浮かべた。


「母親探しは、私の方がいいと思うんです。お二人は、その……顔が見えないのが、少し怖いみたいで……この子のお母さんを見つけた後は、事務所に戻ります」


迷子探しに人員を二人割いては、後処理の方が足りなくなる。かと言ってここで足踏みしていては、ホークスにも迷惑がかかる。そう説明すれば、二人は渋々頷いてくれた。


「気をつけるんよ、オールド・ニックちゃん」

「道がわからんくなったら、周囲の人に聞いたり、スマホとか使って地図見たりして、まっすぐ事務所に行ってね」

「はい」


最後まで心配そうにしながら、二人は現場の方へと駆けていく。顔が隠れているにも関わらず、どちらも息切れすることなく走っていけるその体力を密かに尊敬しながら、水世は二人を見送った。

カナコについてくれていた男性たちにも事情を説明し、水世は行こうか、と小さな手を握り、彼女の母親を探しをはじめた。インターンに行く前に、八百万や飯田から単独行動はしないようにと言われていたのを思い出しながら、水世は心の中で二人に謝罪をこぼした。

歩きながら、水世はカナコに母親の特徴を尋ね、水世は頭の中でイメージを立てていった。はぐれた場所はそう遠くもなさそうなため、あまり広範囲に移動する必要もないだろうと判断し、通行人に話を聞きながら母親探しをしていれば、ふと下から視線を感じ、彼女はカナコを見た。


「どうしたの?」

「おねえちゃん、おにんぎょうさんみたい……」

「お人形さん……?」

「うん!」


お人形。恐らく褒め言葉なのだろう。カナコの表情や声音からそう受け取った水世は、笑みを返した。頬を赤くさせて明るい顔を見せた少女は、気分を高揚させているのか、キラキラと瞳を輝かせている。それは涙によるものではなく、憧れのヒーローに出会ったときや、大好物を前にしたときの子どもの瞳と同じだった。


「おにんぎょうさんみたいに、かわいい!」

「……かわいい?」

「うん!かみまっしろで、おめめもお星さまとおなじ色で、それで、おにんぎょうさんみたいだなっておもったの!」


ホビーショップやデパートのおもちゃ売場などに置かれる、女児向けの着せ替え人形などの類いを指しているのだろう。水世は自分の髪を一房摘んで一瞥しながら、それらを思い浮かべる。

確かにあの手の製品は、可愛らしさをふんだんに押し出して作られている。黒髪や茶髪よりは、金髪やピンクなど明るめの色の方が多い傾向が見受けられ、瞳も青や緑で宝石みたくキラキラしている。それを考えれば、可愛いかどうかは別として、少女にとって自分の髪や瞳の色がそういう風に見えるのも、おかしいことではないのかもしれない。


「おねえちゃん、ヒーローさん?」

「ううん。私は、ヒーローじゃないよ。でも、ヒーローにはなりたいかな」

「じゃあ、おねえちゃんがヒーローさんになったら、おねえちゃんのおにんぎょうさん、できるかなあ?」

「どうだろう」


プロヒーローはその人気から、各々グッズが展開されている。タオルやポーチなどの日用品から、キーホルダーや缶バッジ、Tシャツなどなど、その種類は多岐に渡る。企業とのコラボ製品としてそのヒーローをコンセプトとした香水や化粧品なども販売されたりすることもある。そして、グッズの中にはフィギュアが造られている者もいる。細部まできっちりと再現されたその完成度の高さから、ファンならば是非とも手に入れたい逸品なのだ。オールマイトに至っては数多のバージョンがあり、彼が引退したことで値段は高騰していたりする。

カナコの言う「おにんぎょうさん」が果たしてフィギュアなのか、それともミニチュア化されたタイプのものか定かでないが、水世は自分の人形などできても、そう大して需要はないだろうと苦笑いを浮かべた。


「もしおねえちゃんのおにんぎょうさんができたら、カナ、ほしい!」

「……私のお人形さんが?」

「うん!」


元気に返事をして頷いたカナコに、水世は瞳を瞬かせる。移り変わりの激しい子どもの言うことだ。一年、数ヶ月もすれば自分のことなんて忘れるだろう。そんな冷めたことを考えながらも、水世は少し、嬉しかった。なんとなく、求められているような気がして。そう感じれるようになったのは、意識に変化が生じたからか。子どもは素直だからこそ、言葉に裏というものを見る必要がないというのもあるだろう。だが、多少の成長は見せているのかもしれない。水世はそう思いながら、カナコにお礼を伝えた。

時折通行人に話を聞きながら、水世はカナコと共に彼女の母親を呼ぶ。つい先程尋ねたおじいさんが、子どもを探している女性を見たと言っていたのだ。


「ママ、カナのこと嫌いになっちゃったのかな……」


小さなその呟きに、水世は足を止めた。彼女の方を見れば、悲しそうに顔を俯かせてしまっている。水世はその場にしゃがんでカナコの頭をそっと撫でると、そんなことはないと微笑んだ。


「何でそう思ったの?」

「だって、ママに言われたこと、まもれなかったの」

「ママとお約束してたの?」

「うん……まいごになったらうごいちゃダメよって、言われたの。でも、ママがいなくなっちゃったから、カナ、さがしにいったの」

「そっか」


もし誰かとはぐれた時、探すよりはその場で待機していた方が、入れ違いにならなくてすむ。だから、母親はカナコにそう言いつけていたのだろう。しかしいざはぐれてしまい、不安に駆られてしまって、少女は母親を探しにその場から離れてしまった。言われたことを破ってしまったから、母は自分を置いていってしまったのではないか。幼い少女がそう考えてしまうのは不思議なことではない。まだ小学生にもならない年頃の彼女は、不安や寂しさでいっぱいなはずなのだから。

表情を歪めて、瞳が揺れて。また泣き出してしまいそうな少女を見て、水世は小さな手を優しく握った。


「きっとカナコちゃんのママは、カナコちゃんを嫌ったりしてないよ」

「でも……ママ、おこってる」

「大丈夫。もし怒ってても、ママに会ったときに、ごめんなさいってちゃんと謝れば、許してくれるよ」


努めて優しい声を意識して、水世はカナコの瞳を見つめながら微笑んだ。ゆるしてくれるかな、と不安そうに呟かれた言葉に、水世はしっかりと頷く。カナコの瞳は薄らと涙の膜で覆われてはいたが、雫がこぼれることはなく。改めて母親を探そうと申し出た水世に、彼女が頷いたとき。


「カナコ!」


焦り、心配。そんな感情が込められた声が、通りに響く。パタパタと鳴る足音の方を見れば、切羽詰まったような顔をした女性が一人。


「ぁ、ママ!」


するりと、水世の手から小さな手がすり抜ける。カナコが女性の方へと駆け寄ると、彼女はその小さな体を受け止めて、力強く抱きしめた。


「心配したのよ……!」

「ごめっ、なさぃ……!ママ、いなくなって、それで、それで……」


我慢したはずの涙がカナコの瞳から溢れ、出てくる言葉も詰まっている。それでも女性は彼女の言葉に一つ一つ頷きながら、優しく頭を撫でていた。水世はそれを見つめながら、ゆっくりと立ち上がってその場を去ろうとする。だが、振り返ったカナコが彼女を指差した。


「あのおねえちゃんが、いっしょに、ママのことさがしてくれたの」


女性の瞳が水世へ向くと、彼女はほんの少しだけ、肩を跳ねさせた。女性は立ち上がって娘の手をしっかりと握ると、水世へと歩み寄っていく。そうして、彼女に深々と頭を下げた。


「娘がお世話になったそうで……ありがとうございます……!」

「いえ……お気になさらず。無事にお母様と再会できて、よかったです」


少し慌てながら言葉を返す水世を見上げながら、カナコはにっこりと笑う。その瞳はまだ赤く、少し濡れていた。


「ヒーローさんになるおねえちゃん、ありがとう!」


邪気のないその純粋な言葉と笑顔に、水世は少し頬を染める。どういたしまして。そう返しながら、彼女は優しく微笑み返した。