- ナノ -

羽ばたく翼もないからさ


空を飛ぶにはどうしたらいいのか。

放課後、夕食も終えて各々が好きに過ごしていた時。少し相談があると言われ、水世は談話室で話すのもなんだからと、常闇を自室に招いた。その際、峰田が「女子の部屋に二人きりだと……?」「常闇!相談にかこつけてナニする気だ!?」などと叫んでいたが、耳郎のイヤホンジャックで沈没させられた。

そうして、水世の部屋で改めて話を促せば、常闇に冒頭の言葉を言われ、水世はぽかんとした表情を浮かべた。急にどうしたのかと首を傾げる彼女に、常闇は腕を組みながら難しい表情を浮かべている。


「ホークスから、もったいないことをしていると言われてな。得意を伸ばすことも忘れない方がいい、と」

「それで、どうして空を飛ぶに繋がるの?」

「飛べる奴は飛んだ方がいいと。それが物理的なものか、それとも何かの比喩かはわからん。だからひとまず、言葉通りの意味で捉えてみることにした」


インターン初日に、先の言葉をかけられたのだろう。常闇はホークスからの助言とも呼べるそれを、上手く噛み砕けないでいるようだった。

自分で考えるにも思考がまとまらず、そのため誰かに一度話を聞いてもらおうと、彼は考えたのだ。そこで共にホークスのもとへインターンに行っている水世に白羽の矢が立ったのだった。


「見ての通り、俺に翼はない。宙へ浮くような能力もだ。それでどうやって、空を自由に駆け回ればいいのかと、ほとほと困り果ててしまってな。俺としては、短所である近距離カバーを鍛えたいと思っているんだが……」


常闇の長所は、攻撃にも防御にも優れたその汎用性。彼の“個性”である「黒影」は、光という弱点さえ突かれなければ、ほとんど敵無しといっても過言ではないだろう。防御面では、ほとんどの物理攻撃も効かず、上鳴や爆豪の攻撃にも、弱りこそすれど防ぐことが可能である。また攻撃面でも、射程距離の長さと、素早く威力の高い攻撃で相手を近づけさせない。また本人の判断力や冷静な分析も合わさり、彼らは抜群のコンビネーションを見せている。そのため中距離戦において、クラス内でも一、二を争う強さを誇っていた。

反面、懐まで入られてしまうと危うく、“個性”に頼りきりな面も大きいことから、近接戦の相性が悪い。それを本人も理解しているため、常闇は地力を鍛えることを課題にしていた。


「確かに、弱点は少ない方がいいから、重点して取り組むのは短所の克服だもんね」

「ああ。オールマイトにも言われたが、俺は黒影に頼りすぎている点が否めない。基本的にはそれでいいのかもしれないが、しかし不利的状況に於いて、最後に己を支えるのは己自身の力だ。黒影との連携の向上や、互いの弱点カバーも考慮し、俺は暗闇下での黒影の制御と、地力を鍛えることを主に行っている」


水世と常闇は、戦闘スタイルが存外似ている。どちらも中距離及び長距離を得意としており、攻防に長けた“個性”を持っている。近接戦に弱いという弱点も同じだ。そして、常闇の場合は条件付きにはなるが、“個性”の制御が難しいという点もまた、同じであった。それもあってか、水世は常闇の悩みに大いに共感して、話を聞きながら何度も頷き返している。


「自身の短所はハッキリとわかっている分、対策も立てやすい。だが長所を伸ばすとなると、どう鍛えたらいいのかが思い浮かばないんだ」

「常闇くんの長所は、やっぱ黒影くんだから……」

「俺、フミカゲのチョーショ?」

「うん」


ひょっこりと顔を出した黒影は、自分を指差してこてんと顔を傾げている。これが所謂あざといと呼ばれるものか。先日見たテレビ番組を思い出し、水世は頷きながらひっそりとそんなことを思う。


「ならば、暗闇での黒影の制御を鍛えた方がいい、ということか?」

「それはどっちかって言うと短所にもなると思うから、伸ばすなら黒影くんとのコンビネーションとか……」

「なるほど……しかし、それでどうやって空を飛ぶかだな」


それが、目下一番の悩みである。水世も常闇も、眉を寄せて悩みながら、難しい表情を浮かべている。そんな二人を、黒影は交互に見つめている。その姿は小動物のようにも見え、可愛らしい。


「方向性は、黒影くんとのコンビネーションの向上として……翼の代わりになるものを見つけないとだよね」

「俺とフミカゲ、空飛べル?」

「飛べるかもしれない。まだわからないけど、方法があれば」

「ミズセも一緒に飛べル?」

「私?私は……」


眉を下げた水世は、しばし間を置くと、難しいかなと笑った。そんな彼女を見上げながら、黒影は片腕を上げて明るい表情を浮かべた。


「じゃあ、俺とフミカゲが飛べるようになったら、ミズセを抱っこして飛ぶヨ!」


その発言に、水世は瞳を瞬かせた。黒影は名案だと言わんばかりに、「一緒に飛ぼウ!散歩しよウ!」と彼女の周りをくるくる回っている。そのせいか、常闇と黒影とを繋ぐ細い影のようなものが伸び、水世の体の周りを覆っている。


「ネ!一緒に空飛ぼウ!」


無邪気な子どものような彼に、水世は思わず笑いをこぼしながら、一つ頷いた。


「なら、その時はお願いしようかな」

「任せテ!」

「……これは、少しでも早く会得するしかないな」

「空を飛んだ経験はないから、楽しみにしてる」


少し呆れたように息を吐きながらも、常闇はフッと笑みを浮かべた。

気付けば時計の針は二十時を回っており、それに気付いた常闇は黒影に声をかけ、立ち上がった。


「女の部屋に長時間とどまってしまったな。すまない」

「いいよ。私が招待したんだし」


部屋を出ていこうとする彼を扉の前まで送ろうと、水世も立ち上がって常闇のあとを追った。


「すまないな、急な相談に乗ってもらい」

「ううん。私なんかでよければ、いつでも話聞くよ。お役に立てたかはわからないけど……」

「抽象的ではあるが、おかげで方向性は掴めたんだ。充分助かった」


その言葉に安堵した水世は、おやすみと声をかけて扉を閉めた。扉が完全に閉まりきると、一つ息を吐いて部屋に戻り、テレビの電源を入れてベッドに腰掛けた。

人の相談事に乗るのは、あまり慣れない。上手くできていただろうか。果たして本当に役に立てていたのか。そんなことを考えてしまう思考をリセットしようと頭を振り、テレビに視線を置く。今は恋愛ドラマが流れており、ヒロインだろう女性が友人と食事をしているシーンが映し出されている。


「空かあ……」


彼女の呟きに、飛びたいのか?と満月が反応を示した。その問いに数秒考えた彼女は、わからないと首を振る。


《……どうなんだろう。飛べたら便利だとは思うけど……》

《飛べないわけじゃないだろ》


満月の言う通り、水世は決して飛べないわけではない。空を飛ぶための翼を、彼女は既に有している。しかし飛ぶことができない理由には“個性”の問題もあるが、心の問題もあった。水世は、自分の翼があまり好きではないのだ。伊世のような輝きも、ホークスのような鮮やかさもない己の翼が、好きではなかった。


《ま、いいさ。飛べないなら飛べないでも、困ることはないだろ。人間は陸地での生活にしか適応してねえんだ》


それより、もっと面白えもの見ようぜ。そんな言葉に水世は苦笑いを浮かべると、チャンネルを替えた。