- ナノ -

知らないだらけの新天地


クラスメイトに見送られて、水世が常闇と共に寮を出たのが数時間ほど前。新幹線からホームへと降りた二人は、ようやっと福岡に到着した。


「待ち合わせは、駅だったよね?」

「ああ。指定は東口だ」


人の混雑が激しい駅構内を、すれ違う人にぶつからないよう避けながら歩くが、二泊三日用の荷物を持っての移動では、中々に大変で。それに駅内は、どこか色めきたっている風にも見える。道行く人道行く人、何故だか興奮した様子で友人や家族などと話している。水世は常闇とはぐれないよう、必死に彼の後ろをついていった。常闇は彼女に歩幅を合わせ、後ろを振り返りながら先導してくれており、ありがたいと同時に、彼女は申し訳なさも覚えた。


「ごめん常闇くん、あの……裾かバックか、掴んでてもいい?」


自分と距離が開かないように気にかけてくれている。ならば、そうならないようにすれば、彼の負担にもならないだろう。そう考えた水世は、おずおずと彼に尋ねた。ぱちりと瞳を丸くした常闇は、数秒だけ黙り、視線をそらしながら一つ頷いた。お礼を伝えながら、水世は常闇の制服の裾を控えめに掴む。それを確認した彼は、なるべく大股にならないよう、気をつけながら目的地まで歩きだした。

常闇は一度ホークスのもとに来たことがある分、迷うことなく道を進んでいた。水世は初めての遠出ということもあって、少しばかり周囲に気を向けながら、物珍しい視線を送っている。


「水世、着いたぞ」


ピタリと立ち止まった常闇に、水世は彼にぶつからないよう、少しつんのめりながらも足を止めた。どうやら待ち合わせとして指定された東口に到着したようで、水世はゆっくりと辺りを見る。


「どうも騒がしいな」

「うん……有名人でもいるのかな」


駅内よりも一層に、東口は人で溢れていた。一部分に人集りができており、その中心は見えそうにない。常闇と顔を見合わせた水世は、ひとまず通路の邪魔にならない位置へ移動した。

どちらも誰が迎えに来るのかというのは聞かされていないが、恐らくサイドキックの誰かが来るのだろうと予想していた。待ち合わせ時間までまだ十数分ほどあるため、二人は気長に待つことにした。


「ホークスって、どんな人なの?」


行き交うタクシーや、停まっているバスを眺めながら、水世は、少し気になっていることを常闇に尋ねてみた。彼女は少なからず人見知りな面がある。それは彼女自身の過去からなる一種の自己防衛でもあり、周囲に対する引け目でもある。職場体験の時は重世の部下ばかりで、そばには伊世もいたため、幾分かは気持ち的にも楽な部分もあった。しかし今回は常闇以外に知り合いもおらず、土地自体が未知の場所だ。たった数日間とは言え、職場体験以上に緊張していた。

これからお世話になる相手がどういう人物であるのか、多少の情報は欲しかった。少なからず水世の中でのホークスは悪い人物ではないが、しかし彼の性格等々を彼女は知らない。接するにあたり気をつけた方がいいことなどがあれば、あらかじめ知っておきたかったのだ。

ぱちりと一つ瞬きをした常闇は、自身の口もとに触れて考えるような素振りをしながら、そうだな、と言葉をこぼした。


「……速すぎる男というのは伊達ではなかった。それに、掴み所がない。軽い風に見えて、その実思考を張り巡らせているようにも見える。脳ある鷹は爪を隠す、とは彼のような男を言うのだろう。ホークスという男は、一側面だけでは語れない。彼は数多の面を持っているのではないかと、俺は思っている」


聞きながら、水世はなるほどと一人頷いた。なんとなく、ぼんやりとではあるが、ホークスという人物の為人が理解できたような気がしながら、彼女はバッグをかけ直した。


「あれ、もう来てたの?しっかり十分前行動できてて関心だねえ」


のんびりとした風な声に、二人は視線を同じ方へと向けた。そこには、にっこりとした笑みを携えている男が一人、軽く手を振りながら立っていた。

明るめの黄土色の髪と、背中の鮮やかな紅色の羽根を風で揺らしているその人は、驚いた様子の常闇と水世とをゴーグル越しに見つめると、悪戯が成功したかのような顔で笑った。


「…………ホークス?」

「そうだよ。ようこそ、福岡に。ツクヨミは久しぶりだね」


あまりにも突然に、そして平然とその場にいるプロヒーローの姿に、水世は目を白黒させた。まさかホークス本人が出迎えに来るとは考えてもいなかったのだ。しかし冷静に、だから人が集まっていたのかと、できていた人集りの理由を理解し、納得していた。

ホークスの背後には彼のファンらしき市民の姿があり、人の多さはそう変わっていない。どうやってあの人の群れから抜けてきたのかはわからないが、それなりに対応には慣れているのだろう。彼は自身の名を呼ぶ人に笑顔で手を振ったり、声をかけてくる人にも返事をしたりと、中々のファンサービスっぷりを見せているのだから。


「さて、じゃあ事務所に行こうか」


二人を見たホークスは、軽く手招きをしてくるりと方向を変えて歩きだした。数歩ほど進んだ彼は振り返ると、未だ立ち止まっている常闇と水世を見て、こてんと首を傾げた。


「ほらほら、ついてこないと、俺置いてくよ?」


彼の言葉に二人は我に返ると、慌ててホークスについていった。

事務所に向かう道中でも、ホークスは行く人行く人に声をかけられている。それに加えて彼の“個性”である羽根を活用し、市民のサポートも同時に行なっている。彼はその整ったルックスや気さくな雰囲気、またヒーロとしての優秀さもあり、福岡をはじめ、九州で絶大な支持を誇っている。全国的に見ても彼の人気は高いもので、特に女性のファンが多い。サインや写真を求める者も、水世が見る限り女性の割合が高かった。


「いやあ、ごめんね。時間かけちゃって」

「いえ、大丈夫です」

「応援してくれる人々を蔑ろにするよりは、ずっと良いかと」

「そう?ならよかった」


へらりと笑ったホークスの背中からまた羽根が飛び出したと思うと、転んで階段から落ちそうになった男の子を助けている。その俊敏さや視野の広さからなる対応は、思わず拍手をしてしまいそうなほど鮮やかだ。しかし周囲にとっては当たり前の日常なのか、そう驚いている様子は見られなかった。


「お、ホークス!あとそん顔は、確か……ツクヨミくん!ツクヨミくんよな。ん?そっちのお嬢ちゃんは初めましてやね」


前方から歩いて来ていた男性が、ホークスを目にしてパッと笑った。気の良さそうな、見目四十代半ばくらいの男性だ。しわのないスーツとピカピカに磨かれた革靴がよく似合っていた。彼はホークスの後ろにいた常闇を見ると、少し考えて思い出したように笑う。そうして隣の水世に視線を移して、ぱちりと瞳を瞬かせた。


「ツクヨミの同級生。かわいい子でしょ?」

「確かに、お人形みたいな顔しとうね。それにツクヨミくんの同級生ってことは、お嬢ちゃんも雄英の子かあ……でも言われてみれば、体育祭で見たことあるな」


楽しそうに笑ったその人に、水世はおずおずと頭を下げた。


「慣れん土地で大変やろうけど、頑張ってな。応援しとうよ」


そう言って笑った男性に、二人はお礼を返した。どうやら営業の途中だったようで、彼は腕時計を確認すると、ホークスたちに手を振りながらスタスタと歩いていった。市民が気軽に声をかけてくれるのは、ホークス自身の人望の厚さや性格が起因してるのだろう。


「もう少しで事務所に着くからね」


口もとに弧を描きながら振り返り、ホークスは慣れたように通りを進んでいく。その歩幅はそう大きくなく、速くもないスピードで。常闇と並んで歩きながら、水世は緊張をほぐすように、ゆっくりと、小さく、息を吐いた。