- ナノ -

気がついたら嵐の渦中へ


放課後、相澤に呼び出された水世は、校内の仮眠室を訪れていた。何故職員室ではないのかという疑問は、指定された場所に着いてすぐにわかった。

中には相澤の他に、オールマイトともう一人、USJでの敵襲撃事件の際にいた刑事がいた。状況の把握が上手くできない水世ではあったが、あまり人に聞かれたくない話であることはすぐに理解した。彼女は相澤に促されるがまま、彼の隣、刑事の向かいに腰を下ろした。


「突然呼び立ててしまってすまないね」

「いえ……」

「彼は塚内正直くん。私が懇意にしている刑事だよ」

「今日は君に聞きたいことがあって、この場を設けてもらったんだ」


聞きたいこと。復唱した彼女に、塚内は一つ頷いた。


「君はインターンに行くんだろう?だから少し忙しくなると思ってね。その前に話をしておきたかったんだ」


そう言って、彼は写真を数枚ほど取り出して机の上に並べはじめた。彼女はそれを見て目を見開いたと思うと、僅かに眉を下げた。


「彼らに、見覚えはあるかい?」

「……はい。近所に、住んでました」

「面識は?」

「一応……」


写真に写っている人物は、過去水世に暴行を加えていた者たちであった。野球部の青年の腕を骨折させた頃から暴力を振るわれることも減っていき、そうして“個性”を抑えている状態にまでなってようやく、それは完全になくなった。

写真に映る彼らとは、今はもう会っていない。そもそも知人や友人と呼べるほど前向きな関係ではないのだから。水世は彼らの名前や年齢はある程度知っていても、趣味や好き嫌いなどは何も知らない。そのため、塚内が自分に何を聞きたいのか、予想ができなかった。


「彼らは、最近死体で発見されたんだ」

「……え?」


塚内の発言に、水世は反応が遅れた。

死体、とはそのまま言葉通りの意味だ。死んだ体、亡骸、魂のなくなった器。何故彼らが、と水世は困惑をあらわにした。そして、もしかして、自分は犯人として疑われているのではないかという考えが頭を過ぎった。


「自殺とするには、あまりにも不自然な点が多くてね。他殺の線で捜査を進めて、聞き込みをしてたんだ。そしたら、被害者の家族がみんな口を揃えて言うんだよ」

「『あの化け物がやったんだ』……とかですか?」


言葉を遮るように、水世は呟いた。思いの外無感情な声が出てきて、彼女自身も少し驚く。塚内は僅かに目を丸くすると、一度目を伏せ、深々と頷いた。


「『あの化け物の仕業だ』『報復に来たんだ』……詳しくそれについて話を聞けば――君に辿り着いた」


水世は不意に、イナサが言っていた「事件」というものを思い出した。彼はきっとこのことを言っていたのだろうと理解した。過去自分を傷つけてきた人たちが突然死を遂げたとなれば、当然、誰だって、その当時傷つけられていた者の仕業だと考える。それは道理だ。


「誘、早とちりをするな。後ろ向きに勘違いするのは、おまえの悪い癖だぞ」

「彼の言う通り、勘違いしないでほしい。私たちは、君を疑っているわけじゃないんだ」


感情が冷えていくなか、水世はぱちりと目を瞬かせ、顔を上げた。


「彼らの死亡推定時期を見ると、君はその時既に寮に入っていたんだ。念のため先生方にも確認をして、入寮から今日までの間で、君が自宅へ帰ってないことも把握済みだ。だから到底、犯行を行えるわけがない。仮に内密に帰ろうとしても、監視カメラや監視ロボットが設置されてるんだ。そう易々と抜け出せやしない。それに、被害者の中には県外に引っ越してる者もいた。寮生活を送る君が、到底会いに行ける距離じゃない」

「……じゃあ、私に聞きたいことっていうのは……」

「うん。それなんだが、君の知り合いに、炎の“個性”を持っている人物はいるかい?」


その問いに、水世は首を傾げた。曰く、遺体は全て焼死体、つまり焼かれていたと言う。そのため死因は絞られてくる。塚内は、犯人は火に関係する“個性”を持っているのではないかと予想したのだ。

水世の知り合いで炎の“個性”を持っている者など、轟くらいしか知らない。炎を使えるという点では伊世もそうだが、彼らも自分と同じ寮生活なのだから、カウントされていない。そのため聞きたいことはそうではないのだろうと察し、水世は自分の記憶を色々思い返してみた。だが、そもそもの話彼女は、雄英に入るまで友人と呼べるような相手はイナサしかおらず、周囲とのコミュニケーションなどまともに取れていない。思い返したところで、思い当たる人物など出てくるわけもなかった。

緩く首を横に振った水世に、塚内はそうか、と一言こぼす。そうして少し考えて、再度質問をした。


「じゃあ、そうだな……君は、ストーカーだとか、そういった被害に遭ってるってことはないかい?」

「ストーカー、ですか?いえ……覚えはないです」


何故急にストーカーという単語が出てくるのか。水世は不思議に思いながらもそれを否定した。


「捜査する中で君に辿り着いたと言ったね。だから、君の“個性”や、被害者である彼らから君がどんな仕打ちを受けたかも、私はある程度把握してるんだ」


その言葉に、水世はサッと顔を青ざめさせた。だがそんな彼女を見て、オールマイトは慌てて塚内は信頼できる人物であると話した。彼はオールマイトが引退する前から、彼の状態を知っていた人間の一人である。また刑事という職業も相まって、不用意に他人に秘密を漏らすような人物ではない、と。


「勝手に知ったこと、申し訳ないと思ってる。君は、“個性”で様々苦しんできたと聞いたよ。実際、彼らが君にしてきたことは、簡単に許されるものじゃない。でも、だとしても、死んでもいい人間というわけでもない。彼らは生きて償うべきだったと、私は思ってるよ」


真剣な表情でそう言葉を紡いだ塚内は、今回の事件の犯人について、とある仮説があるのだと続けた。


「事件の被害者は皆、過去誘さんに暴行を加えている。それは、間違いないね?」

「……はい」

「誘少女……辛い記憶を蘇らせてすまない」

「いえ、大丈夫ですよ」


心配している様子のオールマイトの視線を感じた水世は、彼に軽く笑みを見せた。塚内はそんな彼女を数秒見つめて、仮説について話はじめた。


「少々強引ではあるかもしれないが……私はこの事件の犯人は、君に好意的感情を持っている者の仕業ではないかと思ったんだ」


そこで、塚内はストーカーはいないか、と尋ねたのだ。

ストーカーにも様々種類があるのだと塚内は話した。たとえば盗撮や盗聴などはするものの対象に接触はしない者や、逆に対象に自分を認識してもらおうと手紙を送ったりする者、被害妄想の末対象の家に押しかけたり、害したりする者など。

塚内は、水世に好意的感情を持っているからこそ、彼女を傷つけた相手を許せずに殺害に至ったのではないかと考えていた。確かに強引ではあるが、可能性が無いとはハッキリ言い切れない部分があるのも事実ではあった。


「彼女に暴行を加えた相手ばかりが殺されている、というのがどうにも引っかかるんだ。偶然にしては不自然すぎるくらいに」

「誘の犯行に見せかけようとしてる、ではなくてですか」

「ああ。もし彼女の犯行だと見せかけるのなら、彼女に完璧なアリバイがある時に犯行に及ぶのは、あまりにも浅はかすぎる。むしろ彼女の犯行ではないというのを決定づけている、とした方がまだ説明がつく」


過去水世に暴行を加えていた者たちが次々に殺されている。死亡推定時期は彼女が入寮後。遺体は全て焼死体の状態であった。大きな手がかりはこの三つだけであり、捜査は難航しているのだと塚内は話した。そのため、ある種重要人物である水世に話を聞きたかったのだと。

結果として、新たな手がかりを掴むには至らなかった。水世がそれを少し申し訳なく思っていれば、塚内は彼女のそんな心情を察したのか、安心させるように笑みを見せた。


「インターン前にこんな話をしてすまなかったね。でも、君が気負う必要はないよ。私の仮説も、正しいかどうかわからないんだ。仮に合っていたとしても、この事件が起きたのは君のせいじゃない」

「……はい」


塚内は膝に置いていた帽子を被ると、水世に充分気をつけるよう伝えて、部屋を出ていった。


「誘少女。塚内くんの言う通り、君が責任を感じる必要はないんだからね」

「この件は頭の片隅には置いておけ。まずは目の前のことに集中だ。正直俺は、おまえのインターンには手放しに賛成してないからな」


励ますように言葉をかけるオールマイトと、厳しい言葉をかける相澤とで、まるで飴と鞭のようだなんて、水世はそんな感想を抱きつつ苦笑い気味に頷いた。

自分の周囲で、知らないうちに何かが起こっている。それが彼女に一抹の不安を与えたが、しかしどうすることもできないのだ。何せ、彼女の周囲でありながら、彼女は蚊帳の外であるのだから。それが犯人の思惑なのかもわからない。

だが、人が死んでいる。少なからず自分と関係のある者たちが、立て続けに。そう思うと、胸の奥や頭がズキズキと痛みを主張するようだった。


《この件、どうにも気味が悪い……変に深入りはしない方がいいかもしれねえぞ。担任の言う通り、頭の片隅には置いておくべきだろうが、気にしすぎるな。おまえは何も悪くねえんだから》

《……うん》


満月の言葉に頷いた水世ではあったが、しかし、仮に塚内の仮説が正しかったなら。自分のせいで他者の命が奪われたことになるのだから、その責任は、自分なのではないか。そんな思考は先の事件と共に、彼女の頭の隅の方に置かれた。