- ナノ -

曇る瞳に気付けないまま


過激な戦闘は一戦目だけで、保健室へ運ばれた緑谷以外は大きな怪我をすることもなく、戦闘訓練は終了した。

更衣室で着替えをしている最中、水世は葉隠に一応保健室へ行くように勧めた。何せ彼女は、素足をそのまま凍らされていたのだから。葉隠自身の体が見えないため、足がどんな状態か定かでないし、水世は他人の傷を治すことはできない。リカバリーガールに診てもらった方がいい、と彼女に声をかけた。

葉隠は大丈夫の一点張りではあったが、水世の何回目かの言葉に折れ、わかったと笑って保健室へ行ってくれた。しかし流石のリカバリーガールも見えない体の外傷を確かめることはできないため、最低限の治療だけ受けて戻ってきた。


「もう、水世ちゃんは大袈裟だよ〜!」

「ごめんね。でも、葉隠さんはあの状態でしばらくいたわけだし、怪我してたら悪いから」


眉を下げた水世に、葉隠は「ありがとう、水世ちゃん」と笑った。

放課後になると、誰から言い出したのか、今日の戦闘訓練の反省会をしないかという提案が上がった。ほとんどの生徒が賛成して教室に残るなか、水世は用事があるからと断って早々に教室を出た。皆残念がっていたが、無理に引き止めることはしてこなかったので、水世は内心ホッとしていた。

反省は大事なことだ。複数人で反省会を行えば、主観的意見のみならず客観的意見も聞くことができ、自身の課題がより見つかることだろう。そして改善策についても意見を出し合うことで、互いの成長にも繋がっていく。上昇志向があるからこその提案だ。しかし周りと同等の上昇志向は、水世にはなかった。

自分の課題、反省は複数あるとは思っている。まず核がある以上大規模な炎の攻撃ができないことを考えれば、一旦轟をその場から移動させておくべきだった。尾白の氷を溶かして、万が一障子が来た時に彼に相手をしてもらい、轟の方に専念する手もあった。どちらにせよ葉隠の方をなんとかしないと、時間的な問題もあったわけだが。

しかし彼女にとっての一番の課題は、自身の“個性”である。重世が何故雄英を選んだのかは、てっきり家から通えるとか、自身の母校だからとか、そんな理由だと思っていた。だが、初日にその理由は判明した。

イレイザーヘッド。彼の“個性”が理由だろう。見た者の“個性”を消す。それは確かに水世にとって有効であり、だから自身は彼が担任をするクラスに配属されたのだろうと推測している。仮に一次で抑えることができずとも、止めることのできる人間が増えたというのは喜ばしいことだ。

一階の玄関へ辿り着いた水世は、伊世の靴箱を確認した。彼はまだ教室にいるのか、靴が置かれている。そのため、彼女は靴箱で彼を待つことにした。


「おい、誘」


靴箱に背を預けながら伊世を待っている水世のもとに、轟が声をかけた。彼も反省会を断ったのか、バッグを持って帰ろうとしているようだった。近付いてくる彼を不思議そうに見つめた水世は、なに?と首を傾げた。


「おまえの“個性”……アレなんだ。レーザー、炎、槍。それらに統一性がねえ。本当に『魔法』が“個性”なのか?」


あまりにも直球な彼に水世は瞳を瞬かせた。確かに統一性はないのだろう。水世自身そう思う。だからこそ、上鳴が言い放った「魔法」という単語が即座に出てくるのは頷けた。ある種言い得て妙であり、近からずも遠からず、といった具合なのだから。

水世は轟の質問に、笑うだけだった。否定も肯定もしないまま、ただ笑った。轟はその笑みを肯定と受け取ったようで、周囲から見れば自分のしたことは「魔法」に見えてしまうのかと水世はぼんやりと思った。


「左手の紋様、徐々に広がってたよな。アレが限度決めんのか」

「そうだよ。左腕を覆われるまでが限界。だから一々リセットする必要があるの。威力とか規模とかで、紋様の広がりの大きさも変わってくる」

「じゃあ、もっと規模のでかい炎も出せんのか」

「まあ、一応。あんまり大きいと、一気に広がるからしないけど」


嘘をつく場合、その嘘を相手に信じさせようとする場合。全て嘘で固めるのではなく、一部に真実を織り交ぜて嘘をついた方が信憑性は上がり、相手は信じてくれる。水世はそれに倣って、嘘の中に真実も組み込みながら、轟の質問に対して返答していった。

轟は何がそんなに気になるのか、水世に質問を続ける。淡々とした声からは、あまり興味を持っている様子はないように感じた。左右で色の違う瞳に見つめられている水世は、以前幼馴染が言っていた言葉を思い出した。

戦闘訓練の時の彼の瞳は、苛立ちが見えた。今は特には感じられない。だが、好意的な感情は微塵もないように思えた。むしろ本人は隠しているつもりなのか、それとも無意識なのかは知らないが、鋭さが見え隠れしていた。なるほどこれは、と納得したように水世は頷いた。


「私は、あなたの知り合いじゃないよ」

「……は?」

「あなたは、人を見てないように思えたから。多分、誰も見ていない。目の前の人間も、周りの人間も……きっと、別の、遠い誰かしか見ていない……あなた、氷似合うよ。目が冷たい」


呟いた水世は、スッと頭を下げた。彼女の言葉の真意を上手く読み取れない轟は、不審そうに彼女を見つめている。水世は「失礼なことを言ってしまって、ごめんなさい」とこぼすと、ゆっくり頭を上げた。

轟がどういう意味だと問おうと口を開いたが、彼の背後から水世を呼ぶ声がした。振り返れば伊世が眉を寄せながら二人の様子を訝しげに見ている。そんな伊世の様子に、おかしな誤解が生まれぬようにと、水世はすぐに戦闘訓練についての話をしていたのだと話した。


「A組は戦闘訓練だったのか」


頷いた水世は、轟に軽くお辞儀をして、靴を履き替えた伊世と帰っていった。そんな後ろ姿立ち尽くして見ていた轟だったが、すぐ我に返ると、自分も帰ろうと靴を取り出した。











自分にとって、誘水世という少女は大して興味のない存在だった。簡単に言えば眼中にない。その長い白髪に幼い頃の記憶がふと蘇りはしたものの、すぐに興味は失せた。

彼女はクラス内で特に目立っているわけでもなく、中心にいるような人物でもない。とは言えまだ入学して二日目であるため、皆互いに探り探りでよそよそしい部分はあるだろうが。

しかし同じ推薦枠同士。向こうは校長の特別推薦であり、俺の推薦入学とはまたわけが違う。それだけ実力があるのかと最初は思ったが、“個性”把握テストでは真ん中辺りと平均的な結果。“個性”も魔法陣からレーザーを出すだけ。随分と拍子抜けして、同時に何故あの程度で校長推薦という特別措置に至ったのだろうかと首も傾げた。

今日の戦闘訓練。なんの縁か彼女が属していたチームとぶつかることになった。しかしレベルの差がありすぎると自負していたため、特に何もなく、あっさりと終わるものだろうと予想していた。

何故か他の二人みたく足が氷漬けにされていなかった誘に少し驚きはしたものの、彼女の“個性”はレーザー。大規模なものはビルが崩れかけないので撃てない。となると威力を下げて規模の小さなものになるだろうから、それなら氷で防ぐこともでき、凍らせることもできるだろう。圧倒的に相手が不利な状況だと確信していた。

しかし、それがまさか、自分が手こずる羽目になるだなんて、考えてもいなかった。

レーザーを撃ってくると思った彼女の指先から放たれたのは、炎。そう大きくない炎の弾丸だった。何がどうなっているのかという混乱と、炎から思い出される存在への苛立ち。そして、彼女の白髪から彷彿とされる母の姿。それらは重なり混ざり合っていくと、そこから怒りが湧いた。顔色一つ変えない彼女が自分より余裕げに見えて、余計に腹立たしかった。

結果として自分たちは勝った。しかし、もしあれが屋内ではなかったら。もし透明の奴の足が氷漬けにされていなかったら。そんなもしもを考えると、俺は彼女に負けていたのではないかという考えがよぎってしまった。

聞こえてきた「魔法」という言葉に、ああなるほど、それならあれだけ手数も多いと一人納得した。先程も、確認のつもりで本人にああして声をかけた。今後もし彼女と戦う場合、打開策や対抗策を考える必要もあると思い、いくつか質問もした。

何せ自分は一番にならなければならない。左側に宿っている炎など使わずに、右側に宿る氷だけで。そうしなければならない。故に目の前の誘相手なんかに立ち止まっていられないし、苦戦などしていられない。こんな炎など使わずとも、自分は一番になれるのだと証明し、そして奴を、父と呼ばれる男を完全否定してやるのだ。

思っていたほど素直に答えてくれた誘に、余裕があるのかと内心訝しんでいれば、思いもしない言葉を告げられることになった。


「私は、あなたの知り合いじゃないよ」

「あなたは、人を見てないように思えたから。多分、誰も見ていない。目の前の人間も、周りの人間も……きっと、別の、遠い誰かしか見ていない……」

「あなた、氷似合うよ。目が冷たい」



意味がわからなかった。何せ、自分は確かに目の前にいた誘を見ているのだと認識していたのだから。まるで彼女に見透かされているかのような気分だった。微笑んでいた誘はすぐに失礼なことをと頭を下げたが、やはりどうにも、馬鹿にされているような気がして苛立ちが募る。

目が、冷たい?だから氷が似合う?何も知らない奴が、まるで全部を見透かした風に笑いながら、偉そうに。まるで嫌味のような言い方や言葉に、自身のプライドや自尊心を傷つけられた風に思えた。

言葉の真意を聞く前に彼女の双子の兄だという男が来て、結局それは聞けず終いに終わった。


「……俺が、誰も見ていない……?」


ああ、意味がわからない。思わず顔を歪めながら、彼女の言葉など気にする必要ないと判断し、脳の片隅に捨てた。