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その痛みは寂しさなのか


水世が常闇にインターンについての返事をしたのは、週明けのことだった。伊世に相談し、満月の意見も聞いて、そうして考えて、彼女は誘いを受けてみることに決めた。

インターンの件は重世や相澤にも報告済みであり、保護者と学校からの許可も貰うことができた。どちらもあまり良い顔はしなかったが、しかし彼女自身が自分の意思で決めたことであると説明をすれば、渋々納得してくれたのだ。

A組では水世と常闇以外にも、インターンが決まった者が数名いた。緑谷はかつてオールマイトのサイドキックとして活動しており、現在ミリオのインターン先でもあるサー・ナイトアイのところに。麗日と蛙吹はねじれに相談したことで、彼女のインターン先であるリューキュウのところに。そして切島は、環に頼み込んで彼のインターン先であるファットガムのところだ。

既に緑谷は週末に初インターンを経験し、麗日と蛙吹、切島の三人は今日が初インターンの日であった。

インターンは平日参加の場合は公休を使うことになる。またそう頻繁に授業を休むわけにもいかないため、大体一週間に二日程度の間隔で行われる。日付の指定はプロヒーロー側から連絡されることになっており、水世と常闇の初インターン日は、明日明後日と決まっていた。


「ホークスって九州だろ、確か。泊まりなのか」

「うん。二泊三日の予定。ホテルは向こうが手配してくれるらしい」


お茶を啜る轟の顔には絆創膏やガーゼが貼られており、見るからにボロボロである。どうやら仮免の補講は中々厳しいものらしく、爆豪の方も同じような状態であった。


「常闇さんも一緒なら安心ですね」

「うん。地の利もないし、なるべく一緒に行動しようとは思ってる」

「それがいい。いつ、何が起こるかわからないんだ。見知らぬ土地での単独行動は危険だからな」

「飯田さんの言う通りです。水世ちゃん、一人で行動なんて、やめてくださいね」


林間合宿時の時、飯田と八百万の二人は水世を一人にしてしまったことへの罪悪感が未だにあるようで、彼らは少々、水世に対して心配性になることが増えていた。彼女からしてみれば、自分勝手な行動が起こしたことなのだから、二人が責任を感じる必要などないと思っている。しかしどちらも真面目な性格であり、多少頑固な面もあってか、そのスタンスを曲げる気はないようなので、なるべく二人に心労をかけぬようにしようと水世は決めている。


「でも、そっか……水世としばらく会えねえのか」

「二泊三日だから、あっという間だよ」

「常闇と一緒なんだよな」

「私は多分、オマケみたいなものだと思うけどね」


魚の身をほぐしながら淡々と答えていた水世は、向かいに座っている轟の方へ瞳を向けた。彼は食事の手を止めており、じっと自身の昼食であるそばを見つめている。そんな彼に水世だけではなく、飯田と八百万も不思議そうな顔をした。


「どうしたんだ、轟くん。食欲がないのか?」

「いや、食欲はある。ただ、なんつーか……」


言葉を考えあぐねているのか、轟はグッと眉を寄せて口を閉じた。普段思ったことはストレートで言葉にする彼にしては珍しいその姿に、三人は互いに顔を見合わせた。


「轟さん、大丈夫ですか?」

「ああ。なんつーか……水世、いねえんだなって思ったら、ここら辺、痛い気がする」


そう言って轟が手をあてたのは、左胸だった。ぱちぱちと目を瞬かせた水世は、何故急にそんなところが、と首を傾げる。しかも心臓付近だと言うのだから、身体に異常があるのではないかと眉を下げた。飯田も「なんだって?」と声を上げ、保健室に行った方がいいのではないかと声をかけている。八百万もまた、口もとに手を当てて心配そうな表情を浮かべた。


「いや、身体は元気だ。でも、なんか痛む」

「もしや、何か隠れた病気があるのかもしれないぞ」

「でも、さっきまではなかったんだ」

「そういえば……水世ちゃんがいないんだと思ったら、と言ってましたね」

「……何で、私?」


水世の疑問に、四人は同時に首を傾げた。もしこの場に芦戸や葉隠がいたのなら、即座にその疑問の答えもわかりはしたのだろうが、二人は教室で仲良くお喋り中である。

何故だろうかと考えている四人の姿は、彼らの近くのテーブルに座っている者たちから見れば、それはもうもどかしくて、やきもきしているのだが、当然彼らは知る由もない。


「もしかすると、轟さんは寂しいのではないですか?」


四人が食事を中断して考え込んでいた中、八百万は閃いたと言いたげに顔を明るくさせて、そう言った。


「なるほど……確かに、水世くんは短期間とはいえ遠方に行くからな。学友の姿が、数日とはいえ見れないというのは、俺も寂しく感じるよ」

「私もです。二泊三日ではありますが、水世ちゃんがいないと思うと、私もこの辺りが苦しくなりますもの。きっと轟さんも、寂しいんですよ」

「寂しい……」


呟いた轟は、数秒ほど自身の左胸を見下ろし、再度顔を上げた。彼は水世の顔をじっと見つめたと思うと、そうかもしんねえ、と一言こぼした。


「……連絡とか、してもいいのか?」

「すぐに返事はできないかもしれないけど、それでいいなら大丈夫だよ」

「私も、お邪魔にならない程度に連絡いたしますわ!」

「俺もするよ。プロヒーローのもとにいるとは言え、職場体験とはわけが違うんだ。二人が大事なくインターンが行えているか、友人としても、委員長としても把握しておかなくては」


それは別に、学級委員としての責務ではないのだが、その点を指摘する者はこの場にいない。唯一、水世にのみ《いや、べつに委員長ってのはそこまで介入しねえだろ普通》と呆れて言う満月の声が聞こえただけだ。


「よう、水世。轟たちも一緒か」


スッキリとした面持ちで食事を再開した水世たちは、トレイに残っている各々の昼食を食べ進めていた。そんななか名前を呼ばれ、水世は口に含んでいた和え物を飲み込み、振り返った。そこにはトレイを持つ鉄哲と円場硬成、そして回原旋の姿があった。


「こんにちは」

「おう、こんにちは!」

「伊世の妹さんだよな」

「こうして話すの初めてだっけ」

「カレー作りの時は、物間がアレだったしな」


そう話す円場と回原は、改めてよろしくと四人に笑った。


「そうだ、この間はウチの物間が悪かったな。あの後、拳藤と泡瀬がお灸据えといたからさ」

「気にしてないから大丈夫だよ」


それならいいんだ。そう言って安心したように笑った回原に、水世も笑みを返した。

彼らは轟たちにも挨拶をしながら八百万の食事を見て、驚いたように目を丸くした。恐らく彼女の食べる量に対するものだろう。“個性”柄エネルギーを人よりも必要とする彼女は、意外にも大食いなのだ。それを聞いた鉄哲は、納得したように頷いた。


「俺も似たようなもんだからなあ。鉄分の摂取量で結構変わるんだよ。おかげで鉄分関係なら詳しくなったけどよ」

「だから、あさりの味噌汁を飲んでいるんだな」

「そ!」


確かに鉄哲のトレイの上には、カツ丼と一緒にあさりの味噌汁が乗っている。彼なりに鉄分摂取に気を遣っているのが見てとれた。ケラケラ笑っていた鉄哲は、ふと思い出したように「そういえばよ、水世」と話題を変えた。


「伊世となんかあったんか?アイツ、なんか今日機嫌悪いんだよ」

「いや……何もないと思うけど……ただ、もしかしたらインターンの件かもしれない」


水世は三人に、九州を拠点とするホークスのもとにインターンに行くのだと説明すると、彼らは驚きながらも納得した表情を浮かべた。鉄哲は通りで機嫌悪いはずだ、とおかしそうに笑っている。


「A組はインターン参加がいるんだな」

「B組の方は参加しないのですか?」

「いや、うちも何人かは参加するよ」

「ただ、俺もそうだけど、職場体験先には断れちまった奴が多いから、数人程度だけどな」

「俺は両立できるか不安だったから、今回はやめとこうと思って」


B組にもインターンの説明のためにビッグ3の面々が来てくれたそうで、皆その経験で培った技術を肌で感じ、インターンに興味を持ちはしたらしい。しかし円場のように両立できるか不安という理由で参加を見送った者と、職場体験先に確認を取った者とで分かれたのだと鉄哲は話した。


「水世はインターン行くんだな。おまえ、気をつけろよ。林間合宿の時、俺とか拳藤とか……他の奴らも、結構心配したんだぜ?」

「あれは、流石に肝が冷えたよな」

「泡瀬も相当落ち込んでたし」

「その節は、ごめんなさい……」

「無茶だけはすんなよ。まあ、常闇も一緒らしいし、大丈夫だとは思うけど」


ガシガシと少し乱暴に水世の頭を撫でた鉄哲は、じゃあな!と四人のもとを離れていった。円場と回原も軽く手を上げ、鉄哲を追いかけるように駆けていく。鉄哲は切島同様サッパリとした性格だが、存外世話焼きで面倒見がいいようだった。

水世は鉄哲たちの背中を呆然と眺めて、いそいそと自身の髪を手櫛でとくと、昼食を再開させた。だがその表情は僅かに赤くなっており、どこかソワソワとしていて落ち着きもない。


「水世くん、どうしたんだ?」

「え?いや……えっと……」


しどろもどろな彼女は、視線を下げながら、おずおずと口を開いた。

人に頭を撫でられるという経験が、彼女には乏しかった。そのため先程の鉄哲の行動に対して、驚きと恥ずかしさと、そして照れとが混ざって、どう反応したらいいのかわからないでいるのだ。それを聞いた三人は目を丸くして水世を凝視している。


「……俺も、水世の頭撫でたい」

「え?そ、れは……恥ずかしいから、ちょっと……」

「そうか…………そうか」


心なしか落ち込んだ様子の轟に、水世は困ったように眉を下げると、髪を触るくらいなら、と小さな声でこぼした。途端に目をパッと開いた彼の表情は、明るさを取り戻しているようにも見える。


「私も、水世ちゃんの髪を触ってもよろしいですか?」

「う、うん……でも、たくさんは、やめてほしい、かも」

「わかりました!」


機嫌の良い轟と八百万に不思議そうな顔を浮かべた飯田だったが、二人はそれだけ水世くんと仲良くなりたいんだな、と一人納得して、目の前のビーフシチューを食べた。