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交渉は落ち着きをもって


蛙吹と麗日は、水世の提案を聞いたその翌日にはねじれのもとへ行き、インターンについての打診をしたそうだった。インターン先のプロヒーローの判断にはなるが、ねじれは話をしてくれると頷いてくれたそうで、二人は期待と不安でドキドキしているようだった。

また、緑谷も同様で、彼はミリオを通じてインターン先と既に話をしてきたと言うのだから、その行動力に水世は脱帽する他ない。


「そっか、先輩に頼むって手もあんのか」

「それも一種の伝手ではあるからね」


ヒーロー基礎学を終え、運動場から教室へと帰る道中。切島の言葉に、水世は軽く頷いた。彼もまた職場体験先にはインターンの受け入れを断られたようだったが、しかしどうにも諦めきれないようで、別の方法を探している最中であった。

そんな中、先日のビッグ3の一人に話をしにいったという蛙吹と麗日や緑谷の話は、彼にとっては目から鱗とでも言えるようなもので。一人納得した風に頷いている切島は、よし!と声を上げた。彼の百面相を隣で見ていた水世は、不思議そうに瞬きをした。


「俺も、頼み込んでみるわ!」

「先輩に?」

「おう!」


早速放課後に教室を訪ねてくると、切島は笑った。果たして彼は誰に頼むのだろうかと水世が聞いてみれば、少し考える素振りを見せ、切島はそうだな、と呟く。


「あん時は通形先輩のすごさしかわかんなかったから、他の先輩の実力も見てえ!」

「なら……天喰先輩に頼むの?」

「そのつもり!」


それを聞き、水世は少しだけ環が心配になった。インターン説明の時や、彼と話をした際の言動を見れば、彼がどちらかと言うと気弱で、緊張しやすいタイプというのは簡単に理解ができる。反面切島はその逆な性格をしている。切島はまっすぐで、快活で、前向きだ。そんな彼に突然に押しかけられて、果たして環のメンタルは無事でいられるのか。先輩相手に失礼ではあるが、水世はそれがなんだか心配だった。

ヒーローを目指している者は、皆個人差はあれど前向きな者が多い。実際にクラスメイトたちはそういった者ばかりだ。反省点を次へと活かし、常に努力をして、助け合いながら夢に向かってひたすらに進んでいる。そんな彼らを見ていた水世にとって、環は周囲と少し印象が違った。

彼の自信の無さは表情だけでなく、言葉や声、態度からもありありと現れていた。人の目を見ることさえ彼にとっては至極困難なように壁に向かって話し、顔を俯かせるように背を丸めているその姿は、いつだって堂々と胸を張り、背筋をピンと伸ばし、自信や希望、夢といった明るいもので満ち溢れたヒーロー像とはややかけ離れていて。

環と水世は、そう大した接点はない。彼に少し助けてもらった程度で、仲が良いわけでもない。しかし前向きで上昇志向が高く、時には悩みながらも進む足を止めない周囲に比べると、後ろ向きで、上昇志向も薄く、悩んで足を止めてばかりの自分は、ヒーロー科では浮いているのを水世は理解していた。そんな自分と、環が似ている――と言うのはヒーローを目指す彼にとても失礼だが――ように彼女は感じたのだ。

だからこそ、もし自分が彼の立場であったとしたならば。突然に後輩に訪ねて来られ、押し強めに頼み込まれたならば。普通ならば快く了承するのだろうが、しかしきっと、自分は耐えられそうにもない。きっと環もそうなのではないかと水世は予想していた。


「……放課後さ、私もついていっていい?」

「おう、いいぜ。でも、水世も先輩にインターンの件頼むのか?常闇に誘われてたろ」

「いや、ちょっと用事があるだけだよ」

「そうか」

「うん」













水世の予想は大きく的中した。

放課後になると、切島はすぐに三年生の教室へと向かっていった。それに付き添いながら、水世は環が在籍している三年A組を訪れていた。中を覗いた切島が環の名前を呼ぶのを半歩後ろで見ながら、水世はそっと教室の中へ視線を向けた。

一年生の姿に周囲は視線を向けはするものの、そう驚いていることはなく。しかし何故ここに、という疑問は瞳が語っていた。そうして切島の呼び声に視線は一点へと向かう。意図せず注目を浴びることになった当の本人は、目を見開いて固まり、徐々に顔色を悪くしていっているように水世には見えた。

震えながら立ち上がった彼は、重い足取りでドアの方へと寄ってくると、戸惑いと緊張と、不安と恐怖と、様々な感情を織り交ぜたような顔で、切島と水世とを見ていた。


「な、なに?」

「すんません急に!ちょっと、先輩に頼みたいことがあって!」


そう言うと、切島は環の様子など見えていないかのように、早速インターンの件について話をした。


「インターン……そういえば、この前波動さんのところにも女の子が来てたな……」

「っス!俺、職場体験先に断られちまって……でも諦めきれねえんで、先輩のインターンについていけたらと思って、頼みに来ました!お願いします!」


ガバッと頭を下げた切島に、環はギョッとした顔をすると、慌て気味に顔を上げるように促す。そして、何故自分なのだと小さな声で呟いた。


「俺なんかよりも、ミリオや波動さんの方が……」

「他の先輩はクラスの奴らが先に頼んじまってるし、それに俺、先輩の“個性”も知りたいし、ビッグ3の実力、実際に見たいっス!」

「うぐ、まぶしい…………」

「え?」


目を焼かれたかのように、キュッと瞼を閉じた環は、苦しそうに呟いた。切島くんのような人を、所謂光属性と呼ぶのだろうか。以前瀬呂や上鳴が話していたゲームの話を思い出しながら、水世は一人そんな感想を抱く。


「いや、でも……俺のとこ、大阪だし……」

「大阪!先輩県外のプロヒーローと一緒に戦ってるんすね!流石っス!」

「ぐっ……そ、それに、ミリオや波動さんに比べたら、俺から学べるとことかないだろうし……」

「プロヒーローのもとで活動してる時点で、充分すごいことじゃないですか!俺、先輩から学べるとこたくさんあるって思ってます!」

「ヒッ……!」


だんだんと環がかわいそうにも思えてきて、水世は控えめに切島の服の裾を引っ張った。ん?と振り返った彼に落ち着くように声をかけた彼女は、今にも倒れてしまいそうな環を覗き込み、一つ謝罪をこぼした。


「あの、無理にじゃなくていいんです。先輩のインターン先の方に、話だけでもしてもらえたらいいなって」

「えっ、と……君も、インターンに?」

「いえ……私は、そういうわけでは……」

「水世はホークスんとこ行くんすよ!九州のプロヒーロー!」

「まだ行くとは決めてないよ」


苦笑い気味に訂正しながら、水世はダメですかね?と眉を下げながら環を見上げた。彼は顔を青くさせたり、赤くさせたり、くるくると色を変えたと思うと、視線をあちこちに動かしはじめる。ある意味忙しい人だと思いながら、彼の返事を待つこと数分。


「……話は、しておいてあげるよ」

「本当ですか!ありがとうございます!」


パッと顔を明るくさせた切島は、勢いよく頭を下げた。水世は少し安堵したように肩を撫で下ろすと、切島に続いてお礼を伝えた。


「すんません、急に!お願いします!」


そう言って、切島は水世に帰ろうぜと声をかけた。だが彼女は、少し用事があると伝えて切島に先に帰るよう促した。不思議そうにした彼ではあったがすんなり頷くと、もう一度環に頭を下げて廊下を駆け出していった。ハウンドドッグ先生に見つかれば注意を受けるだろうな、と思いながら見送った水世は、少しだけ疲労の見える環をそっと窺った。


「大丈夫ですか?」

「えっ……?あ、ああ……うん。なんか、嵐というか……太陽というか……そんな感じの子だね」

「そうですね。切島君は、前向きでまっすぐな性格なんです」


物怖じせず、積極性もあり、意外と勤勉。それが切島に対する水世の評価だ。なんとなく幼馴染に似ている気がして、彼女はクスクスと笑った。


「そういえば……誘さんは、なんでここに?」

「付き添い、ですかね?切島くんが先輩に頼みに行くって聞いて、大丈夫かなって心配だったんです。先輩と切島くんは、対照的な感じなので……」


言葉をぼかしながら話した水世は、余計なお世話ですねと眉を下げた。ぱちりと瞳を瞬かせた環は、視線をそらすと首を緩く横に振って、何か言おうと口をモゴモゴさせている。そんな彼の様子を不思議そうに見上げながら、彼女は言葉を待ってみた。


「余計、なんかじゃなかったよ。ありがとう」


頬を赤くして、表情を窺うように水世を見ながら、環は呟いた。小さな声ではあったが、近くにいた彼女の耳はしっかりと彼の声を拾えていて、少し驚いたように瞬きをした水世だったが、安心したように微笑んだ。