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舞い込んだ縁の企みとは


爆豪の謹慎も解け、A組はようやく全員がクラスに揃った。そうして相澤から、インターンについての学校側の判断も皆に教えられた。

一年生のインターンは、校長をはじめとした多くの先生が否定的な意見を見せていた。全寮制になった経緯を考えてもそれは妥当なものなため、皆残念がりながらも納得した姿勢ではあった。爆豪はインターン参加ができないため、ざまァ!と大きな声で言っていたが。

しかし、今のような保護を主体とした方針では強いヒーローは育たないという意見もあり、それらを踏まえ、「インターン受け入れの実績が多い事務所に限り、一年生の実施を許可する」という結論に至ったようであった。


「ガンヘッドさんとこ、実績がないからって学校側に断られた……」

「セルキーさんの事務所もダメだったわ」

「今の世間の状態だと、受け入れ自体も難しいだろうからね」


インターン参加に積極的な面々は、早速職場体験先のプロヒーローに連絡を入れたようだが、ことごとく断られてしまっているようだった。麗日と蛙吹は残念そうに呟きながら、昼ご飯を食べている。


「インターン、経験してみたかったわ」

「でも伝手がないし、難しいよねえ」

「水世ちゃんはグラヴィタシオンに連絡はしたの?」

「一応。でも断られたよ。職場体験とは勝手が違うから、まだ早いだろうって」


水世も、一応重世ことグラヴィタシオンにインターンの件について打診はしていたが、予想通り返ってきた答えはNOであった。プロという立場から見ても、兄という立場から見ても、やはり不安もあり、心配であると。まだ“個性”のコントロールも上手くはいっていないことも指摘されており、当然の返答であるし、彼女自身断られるとは思っていたため、特に落ち込むこともなかった。

そっかあ、とため息を吐く麗日に、水世はしばし考えながら味噌汁を飲み込み、どうしても参加したいならさ、と口を開いた。


「この間の先輩たちにお願いしてみるのも、アリなんじゃないかな?」


水世の言葉に、蛙吹と麗日は顔を見合わせた。数秒ほどそうしていたが、麗日は勢い良く立ち上がると、それだ!と声を上げる。突然の大声に驚いた水世だったが、麗日は気付いていないようだった。


「確かに、あの三人の誰かに頼んでみるのは、一つの手だわ」

「それなら、早速頼んでみようよ!でも、誰がいいんだろ……」

「波動先輩は?女性の先輩だから声もかけやすいだろうし、同性の先輩ヒーローっていうのも考えると、学べる部分もありそうだよ」

「確かに……!」


どうやら二人は、水世の言う通りねじれにインターン参加について相談する気満々なようで、いつ頼みに行こうかと話している。不意に、蛙吹が水世ちゃんは?と尋ねた。彼女は何度か瞬きをすると、少し考えて首を横に振った。

重世の言う通り、自分は“個性”のコントロールが完璧ではない。インターンでは伊世や相澤もいないため、止めることのできる存在がいないのだ。そのため、もし二次拘束にでもなってしまえば、大惨事を引き起こして、様々な方面に迷惑をかけることになる。それを考え、彼女はインターンの参加はするべきではないだろうと思っていた。

インターンは公欠を取得して参加する形であり、また職場体験と違い、期間は最低でも一ヶ月は必要となる。救済措置として休んだ分の授業は後で補講を受けることができる。だが一年生の場合は授業が多く、そのためインターンに参加すれば休む授業も多くなり、時間と体力面での負担が上級生の比ではないのだ。それもあり、学業との両立が難しいと判断して、インターンの参加をしないという結論を出したクラスメイトもいた。彼女がそれを理由に挙げれば、二人は納得したように頷いた。


「参加してみたいって気持ちがないわけではないんだけどね。でも、今回は縁がなかったってことで、見送ろうかなって」













葉隠から貰ったお菓子を食べていた水世は、とある雑誌のスクープである肉まんを食べるオールマイトの写真の話で女子たちと盛り上がっていた。オールマイトの話題はもっぱらヒーロー活動ばかりなため、こういったプライベートに関するものは意外とレアなようで、ネットは大いに賑わっていた。


「水世」


「ギャップ萌え!」「オールマイトかわいい〜!」と上がる感想を頷きながら聞いていた水世のもとに、常闇がスッと歩み寄った。名前を呼ばれて振り返った彼女は、首を傾げながら常闇を見上げた。


「共に、ホークスのもとでインターンに参加しないか?」


突拍子もなく、常闇はそう問うた。数秒置いて言葉を理解した水世は、目を瞬かせながら常闇を見上げる。周囲の面々も同様で、常闇と水世とに注目が集まっている。


「えっと……なんで、私?」

「インターンについて、ホークスから誘いが来た。ただ……」

「ただ?」

「『雄英に真っ白な髪の女の子いるでしょ?あの子も誘ってみてよ』、と。そう言われた」

「……なんで?」


わからん。常闇の言葉に、水世は困惑する他なかった。常闇のところにいる髪が白い女の子、とは間違いなく自分のことであるとは、水世もわかる。しかしどうして、ホークス側から指名を受けるのかが、彼女には到底わからなかった。

雄英の体育祭は、数日間をかけて行われる一大イベントだ。学年別の対抗戦であるため、学年ごとに日を分ける。同日に一年から三年までの試合を行ってしまえば、客層は三年生に集中することも考えてのことだ。何せ体育祭は一学期の初めの方で行われるため、一年生はまだ学び立てで経験も何もない。それに比べれば、一番経験や学びを積んでいる三年生の試合の方が個々のレベルも高く、観る側にとっても面白いのだ。

そのため、ヒーローたちも各学年の試合や中継を一つに絞ることなく、全学年分の試合を見ることが可能になっている。故に、ホークスが一年の試合を観戦、もしくはテレビで見て、水世の存在を知るというのは、何も不思議なことではない。しかし、だとしても、何故自分なのかが水世には理解できなかった。

今回はご縁がないから見送る、なんて話を昼間にした矢先だ。まさかこんなところで、謎の縁が巡ってくるとは。水世はしばし呆気にとられた。


「ホークスから指名なんて、水世ちゃんも常闇くんもすごい!」

「プロ側から打診される場合もあるんだね……」

「わざわざ誘いかけるなんて、見込まれてんじゃねえのか?」

「でも職場体験の時、水世のところにホークスから指名はきてなかったよね」

「それについてだが、本人が言うには本当は指名をしたかったそうだが、二人までという制限があったために断念したと」

「見込まれてる!」


本人をそっちのけに騒いでいる周囲に、水世は益々困り顔を浮かべた。そんな彼女を見て、常闇は申し訳なさそうに謝罪をした。


「ミズセは、フミカゲと一緒、イヤ?」

「そういうわけじゃないよ。ただ、突然だったから……ちょっと考えさせてほしいかな」

「それはもちろんだ。急にすまないな」


スススッと水世の方へ寄ってきた黒影を撫でながら、水世は苦笑いを浮かべた。

ここで即座に行くとは言えないし、しかしプロ側からの指名をすぐに断るのも悪い。返事を保留にした水世は、やはり困ったように眉を下げた。

その日の夜、部屋に帰った水世は、伊世にその件を伝えてみた。どうにも自分一人では答えが出せそうになかったのだ。メッセージを送ってからものの数秒、伊世からの着信が入った。恐る恐る電話に出た彼女に、伊世はどういうことだと尋ねた。

常闇がホークスからインターンについて誘われたこと。その際にホークスの方から自分を誘ってみてほしいと言われたこと。それを説明すれば、伊世は数秒黙り、不機嫌な声音で賛成はできないと告げた。


「"ホークスは九州のヒーローだ。長期期間向こうにいるわけじゃないとはいえ、俺がそう簡単に行ける距離でもない。職場体験で一度受け入れている常闇だけでなく、関係のないおまえもわざわざ指名してる。何か考えがあるのは明らかで、俺がついていくのも難しいと考えていい。インターンは職場体験の時みたく、守られる側じゃない。今の状態で俺のそばから離れて、何かあった時、危ないのはおまえだ"」

「そう、だよね」

「"…………行きたいのか?"」


伊世の言葉は正しく、水世はわからない、と呟いた。しかしそんな彼女の声に違和感を覚えた伊世は、少しばかり声を柔らかなものへと変え、尋ねた。


「"わざわざ俺に相談するんだ。水世、おまえ、迷ったんだろ"」


その言葉に、彼女はドキリと心臓を跳ねさせた。

自身の“個性”のことを考えれば、あの場ですぐに断るべきであったのだ。すぐに断るのが悪いのだとしても、一度持ち帰り、改めて断りの返事をすればいいだけのこと。しかし、彼女は伊世に「行くべきか否か」を相談した。その時点で、少なからず興味を持っているのは確かであった。

否定も肯定もできない水世に、伊世は怒ってるわけじゃないと呟いた。


「"……俺は、今じゃなくてもいいと思ってる。でも行くべきか否かで悩むなら、答えはもうほとんど出てるも同然だろ"」


行かない方がいいことは、彼女だってわかっていることである。“個性”を上手くコントロールできない人間が、プロと同じ立場で活動するというのは、危険極まりないことなのだから。何かの拍子に“個性”が暴発でもすれば、インターンどころの騒ぎではない。

しかし、それを理解していながらも、彼女は悩んだのだ。


「……行ってみてもいいのかな。私なんかが」

「"いいか悪いかで言うなら、答えは『いい』だ。学校側も一年のインターン参加には、条件付きとはいえ許可を出してる。そしておまえが行ってもいいのか悪いのか……それも、答えは同じだ。参加は決して悪いことじゃない。むしろ経験を積むという点で言えばプラスにもなる"」

「うん……」

「"経験も成長も、本来誰にだって与えられていいものなんだ。ただ……水世。無理して、進もうとしなくてもいいんだ"」


焦る必要も、急く必要もない。おまえには俺がいる。そう続けた伊世に、水世は申し訳なさや罪悪感を覚えると共に、少し、ほんの僅か、心が満たされたような気がした。


「"……何にせよ、どうするかはおまえが決めたらいい。参加したいなら、してもいい。その代わり、絶対に一次で抑えろ。それが無理だと思うなら参加はするな"」

「……うん。とりあえず、もう少し考えてみることにする」


一言二言交わし、二人の通話は終わった。フッと一つ息を吐きながら、水世はベッドに背中を預けるようにして倒れ込む。考えるのは、やはりインターンのことで。

どういった意図で誘いをかけてくれたのか、水世には当然わからない。常闇も理由を聞いたらしいが、上手い具合にはぐらかされて終わったらしい。何か聞きたいことがあるのか、気になる点があるのか。なんにせよ、理由も無くということは絶対にないだろう。水世にもそれだけは察していた。


《行けばいいじゃねえか。なに、いざとなればオレ様が代わって、一次のまま立ち回ってやるさ》

《満月は、賛成してくれるの?》

《あのクソガキと同じ意見ってのは癪だが、オレ様としても、手放しに賛成はできねえよ。だが、早々ない機会だ。それに、経験や実戦は感覚を掴みやすい。“個性”コントロールに繋がるヒントなんかも手に入る可能性もないわけじゃないだろ?あと、オレ様に名前はねえよ》


満月がヒントをくれたらいいのではないか。そう思いはしたが、彼がオールマイトたちに言ったことを考えると水世自身の問題であるため、彼がどうこうできるものではないのだろうと考え直し、口にはしなかった。


《しかし、まあ……俺がいる、とは……随分と傲慢なガキだ》

《……満月は、伊世くんに当たりが強いよね》


嫌いなの?尋ねた水世に、彼は少し間を置いて、肯定の言葉を返した。

満月は昔から、伊世に対してはひどく冷たい。彼への評価も厳しいものばかりだし、彼にかける言葉に優しさが含まれたことはない。誰よりも、彼は伊世を嫌っている。それが何故なのかは、水世は知るよしもない。“個性”柄相性も悪いため、そこが関係していたりするのだろうか、なんて考えているくらいだ。


《オレとアイツは、価値観が違うんだよ、価値観が》


水世の考えでも読んだかのように、満月が投げやりに言った。首を傾げた彼女に、満月は花を例えに持ち出して話しはじめる。


《道に美しい花があるとしよう。オレはそのまま、そこにあるままでいいと思ってる。そこで咲いてるだけいい。その道を通れば、その美しい花を見ることができる。時々花に歩み寄って、近くで眺めることができりゃ充分だ》

《うん?》

《だがあのクソガキは、その花を、手折って花瓶に入れて、自分の部屋に飾りやがる。それが気に食わない》


淡々としていた声音に、徐々に苛立ちが含まれはじめ、そうして珍しく、随分と冷えた声を出した満月に、水世は少しだけ驚いた。彼は存外、怒りを出さない。基本愉快そうにしていることが多いのだ。それほどまでに伊世が嫌いかと水世は少し寂しく思いつつも、彼の言う「価値観の違い」は大きなものなので、黙って彼の言葉を聞いた。


《手折られたって美しいことに変わりはない。だが何よりも、自分のものにしたがるのが心底腹立たしい。それは決しておまえのものではないというのに、さも自分のものかのように振る舞うその傲慢さと強欲さが気に食わない》

《そっか……》


言いたいことは、水世にも理解できた。何故満月が伊世を嫌うのかも、なんとなくわかった。けれども伊世はそういう性格だっただろうかと、彼女は少しばかり首を傾げる。

伊世は、あまり物という物に執着しない。飽き性というわけではなく、単純に頓着しない。趣味や好きなものはあれど、それらを必ず手に入れたいと強い執着を見せることはない。画材には少しこだわっているようだが、満月の例えとそれは違うだろう。

そもそも水世は、伊世が何を美しいと思うのかを事細かに知っているわけではない。知っているとしても、彼が好きな絵画くらいなものだ。画集を買っているのを見たことがあるし、彼の部屋には好きな絵画のポストカードがコルクボードに飾られてもいる。そこまで考えて、なるほどこういうことかと、水世は一人納得した。

彼が伊世を嫌う理由に自分が関係しているなんて、彼女は想像すらしていない。