- ナノ -

後ろばかりを見つめてる


「ギリギリちんちん見えないよう努めたけど!すみませんね、女性陣!」


ようやく立ち上がりはしたが、皆腹部を押さえたままで、未だに痛みは引いていないようだった。水世はそんな彼らを心配そうに見つめ、少しオロオロしていた。


「水世、おまえ大丈夫なのかよ……」

「ああ、うん。痛かったけど……でもまあ、私一回抉られたし……アレに比べたら、全然……」

《それは口に出して言うにはヤバイ発言だからな》


彼女の発言に、聞いていた切島や飯田が複雑そうな表情を浮かべた。その反応に、水世は申し訳なさそうに眉を下げた。


「俺の“個性”、強かった?」


ミリオの問いかけに、怒涛の勢いで文句のような声が上がった。確かに強い“個性”であった。しかし直接攻撃が攻撃手段なところを見れば、あまり攻撃に特化している“個性”でもない。その“個性”であそこまで戦えるというのは、“個性”もすごいが、彼自身の素の能力もすごいものだと水世は思えた。

芦戸の、轟のようなハイブリッドなのかという言葉に、後ろの方で轟が「お」と反応しているのに気付いたのは、きっと水世と相澤だけだ。

ミリオが何かを言う前に、ねじれが大きく手を挙げると、彼の“個性”を、笑顔であっさりと暴露した。


「そう、俺の個性”は『透過』なんだよね!君たちがワープと言うあの移動は、推察された通り、その応用さ!」


「透過」、すなわち透き通る、通り抜ける。それがミリオの“個性”であった。緑谷はすぐさま、透過の応用でワープをしている原理について尋ねている。その手は紙もペンも持っていないが、メモを取る動きをしていた。


「全身“個性”発動すると、俺の体はあらゆるものをすり抜ける!あらゆる!すなわち、地面もさ!」


そう言って、ミリオは爪先で軽く地面を叩いた。彼が地面へ沈んだのも、沈むのではなく落ちていっただけ。その落下中に“個性”を解除した場合、質量のあるモノが重なり合うことができないがために、地中から地上へと弾かれる。そのため、突然に現れたかのように思える。それが彼のワープのカラクリであった。


「攻撃は全てスカせて、自由に瞬時に動けるのね……やっぱり、とっても強い“個性”」

「いいや。強い“個性”にしたんだよね」


彼の言葉に、皆不思議そうな顔をした。だが、発動中に肺が酸素を取り込めないという言葉に、目を大きく見開き、驚愕へと変わった。

透過に限度はなく、酸素を吸うも透過するから取り込めない。鼓膜は振動を、網膜は光を透過するために、五感というものは消失している状態のまま、落下の感覚だけがある。ミリオは自身が地中にいるときの感覚をそう説明した。

そのため、壁を一つすり抜けるにも、いくつかの工程を踏む必要があった。ミリオの“個性”は、あまりにも扱い辛く、運用のデメリットも大きなものであった。


「案の定、俺は遅れた!ビリっけつまであっという間に落っこちた。服も落ちた。でもこの“個性”で上をいくには、遅れだけはとっちゃダメだった!」


そう言うと、彼は自身の額を何度も人差し指で叩きながら、自分には予測が必要であったのだと話した。


「そして、その予測を可能にするのは経験!経験則から予測を立てる!長くなったけど、コレが手合わせの理由!言葉よりも“経験”で伝えたかった!」


インターンにおいて、自分たちは「お客」ではなく、一人のサイドキックとして、プロとして扱われていく。それはすなわち、時には人の死にだって立ち合うこともある。全部が全部綺麗なものだけではなく、人の悪意や敵意にも当てられやすい。それがインターンという経験であることを説きながらも、反面だからこそこの活動で得られるものは大きいのだと、彼は熱く語った。


「けれど、恐い思いも辛い思いも、全てが学校じゃ手に入らない一線級の“経験”!俺はインターンで得た経験を力に変えて、トップを掴んだ!ので!恐くてもやるべきだと思うよ、一年生!」


自然と拍手が沸いた。ミリオ自身の話術もだが、手合わせをすることや彼自身の“個性”について話すことで、インターンという活動の利点を、皆より理解することができていた。

職場体験は、確かに「お客」としてプロのもとに招かれた。招待したのはプロ側であり、生徒が承諾した側になるのだから。しかしインターンは仮免を取得している以上、一生徒ではなくプロヒーローの一人として頭数に入れられるという点は、大きな違いなのである。


「そろそろ戻るぞ、挨拶!」


相澤の言葉に、皆が三人へお礼を告げた。

体育館を出ていこうとする三人の後ろでは、皆インターンについて盛り上がっていた。皆より一層に気合が入った様子であり、またビッグ3のすごさも実感しているようだった。













寮に戻ってからも、インターンの話題は尽きなかった。談話室のソファーに集まり、女子たちはあれこれと話している。


「インターンに行くのが楽しみになったわ」

「でも、どうなんだろうね。一年はまだ様子見って言ってたけど」


あの後教室に戻り、相澤から一年生のインターンに関してはまだ様子見であることを告げられた。職員会議での是非を決める必要もあり、やるにしても準備等々しなくてはならないからだ。そのため、教師陣のGOサイン待ちである。


《ま、妥当だわな。敵の活性化だとかも考えりゃ、そう簡単に良いとは言えやしねえよ》

《一年生のインターン自体、珍しい例みたいだしね》


仮に、インターンに参加できる機会が巡ってきたとして。自分は参加してもいいのだろうか。血の滲むような努力をして、そうしてトップを勝ち取ったミリオの姿は、彼女にはとても眩しかった。中途半端な自分とは大違いで、そんな奴が、プロの中で彼らと同等の扱いを受けるというのは失礼なのではないか。そんなことを考えながら、水世は紙コップに注がれているオレンジジュースを一口啜った。











朝一での一年生へのインターン説明という荷が重すぎる役を終え、ようやっと迎えた昼、深々とため息を吐く。ミリオがほとんど全部担ってくれたおかげで、俺と波動さんは特に何もする必要もなく、それには安堵してしまった。

しかし、ミリオだけに任せたのはやはり申し訳ない。とは言え俺は自己紹介さえまともにできないような奴だ。説明なんて何もできない。できるわけもない。全員人ではなくジャガイモと思えばいいのではないか、と昨日必死に考えて出した策だって、ものの見事に失敗に終わった。


「天喰先輩」


何度目かのため息を吐きながら、重たい足取りで食堂を出て、教室へ戻ろうとしている俺の名前を呼ぶ、澄んだ声。思わず跳ねてしまう肩は最早癖のようなもの。恐る恐る振り返った俺の目には、小走りで駆け寄ってくる真っ白な髪の女の子の姿が映った。

彼女は、今日の朝会った子だ。いや、今日の朝だけでなくて、前にも二回ほど会ったことがある。マスコミが学校に侵入した事件の時と、期末試験前。どちらも偶然の出会いだ。一度目は人混みに押し潰されそうだったところを咄嗟に助け、二度目は本を探しているようだったのでオススメを教えた。どちらも見知らぬ男が余計な世話を焼いただけで、マスコミ事件の時に至っては、意図したものではないが、所謂壁ドン状態にもなってしまった。セクハラと訴えられても仕方ない。辛い。


「あの、呼び止めてしまってごめんなさい。忙しかったですか?」

「あ……いや、べつに……全然……」


眉を下げた彼女に、何故だか罪悪感を覚える。すごく悪いことをしたみたいな気分だ。このままでは女の子の後輩をいじめていると思われるのではないだろうか。視線をあちこちに彷徨わせながら、言葉を詰まらせ気味に暇であることを伝えると、彼女は安心したように瞳をやわらげた。


「期末試験前、お世話になりました。あの時教えていただいた本、すごくわかりやすかったです」

「い、いや……むしろ、大して親しくもない先輩が、突然に余計な世話を焼いてしまって……申し訳ない……」

「いいえ、とっても助かったんです。内容も欲しかったものが載ってましたし、それに読みやすくて……改めてお礼を言いたかったんですが、突然に会いにいくのは迷惑だと思い、中々言えず……」


律儀にそのお礼を言うために呼び止めたようで、彼女は綺麗に頭を下げた。そんな、お礼を言われるようなことでもないと言うのに、彼女は随分と真面目で丁寧な子らしい。

彼女のことは、誘さんのことは、一方的に知っていた。以前、波動さんから聞いたことがあった。体育祭の後のことだ。一年生に双子がいるということや、すごい“個性”なのだと彼女は楽しげに話していた。波動さんだけでなくて、他の生徒の中でもちょっとした話題になっていて。偶然校内で見かけた時に、彼女が件の双子の片割れだと知った。

波動さんをたとえるならば、妖精だ。可憐で、自由で、無邪気で、そうして純真無垢なその姿は妖精のようだと思う。では目の前の彼女をたとえるのなら、俺は、聖女だと思った。どこか儚げで近寄り難い容姿と、実際に少し会話を交わしたなかで感じた、穏やかで物腰柔らかな姿勢に、清廉した雰囲気をまとっていたその姿が、そう見えた。純白な髪がより一層そう思わせたのかもしれない。

顔を上げるよう伝えると、彼女は素直に顔を上げ、俺に微笑んだ。波動さんのように周囲を明るくさせるような、キラキラと輝くようなそれではなくて、周囲を安心させるような、穏やかで慈愛を帯びたような笑みだ。しかし、俺みたいなのに向けられるにはもったいないのではないかと感じることや、バクバクと緊張で音を立てる心臓がうるさいのは、波動さんの笑顔と同様だ。


「天喰先輩は、どちらかと言うと、後ろ向きな人なんですね。私もそういうタイプなので、勝手に親近感を覚えます。雄英は、前向きな人が多いですから」


小さな笑い声を唇から漏らした彼女は、俺を見上げてそう言った。その表情は、さっきの大人びたような雰囲気に比べると、なんだか幼く見えた。

自分でも、己はネガティブだと思う。自信というものは自分と無縁で、注目されるのも苦手だし、卑屈という言葉が似合うだろう。波動さんからノミの心臓と言われたが、まったくもってその通りだ。返す言葉もない。

しかし、彼女がそんな自分と同じようなタイプなんて、信じられない。常に自信に満ち溢れている風に見えるわけではないが、しかし彼女の“個性”は強力なものだし、今日だって一度とはいえミリオの攻撃をかわしていた。後ろ向きになるような、そんな要因が俺には見当たらない。


「クラスのみんなはいつだって前を向いてて、どんどん進んでいくけれど、私はいつも後ろを振り返ってしまって。みんな眩しいんです。通形先輩も、すごく眩しかった。私、あんな風になれないだろうなって、そう思いました」


困ったように笑った彼女だったが、ハッと口もとを押さえると、気まずそうに目をそらした。


「こういうこと言うの、気をつけようって思ってるんです。でも、つい考えてしまって。中々どうにも、思うようになりませんね」


お時間取ってしまって、ごめんなさい。彼女は頭を下げると、小走り気味に去っていった。揺れる純白は少しずつ見えなくなって、ついには人混みの中に消えた。

ああいう時、先輩ならば、何か言ってあげるべきなのではないのか。しかし俺には励まし一つできなくて、そんな自分に不甲斐無さを覚えた。俺は彼女のことを何も知らないし、彼女の悩みもわからない。こうじゃないかなんて予想さえつかない。けれど彼女の気持ちは理解できる部分はあったのだから、何か一言だけでも、言えることはあったのではないだろうか。

俺はどうにもダメな男だ。また、深いため息が吐き出された。