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予想外のアイムに出会う


そろそろヒーローチームが来る頃かと思っていると、突然肌を刺すような冷気を感じた。水世が不審に思っているのも束の間。一瞬で、瞬きをする暇もないくらいのスピードで、壁も床も、建物ごと氷漬けにされてしまった。

水世は自身の凍った足を見つめながら、これなら核兵器にもダメージを与えず、敵も弱体化できるな、と存外冷静に考えていた。

これは轟の“個性”だろうと水世は判断した。彼のコスチュームは左半身が氷で覆われていたし、推薦枠の一人に氷を使う“個性”がいることを、水世は幼馴染から聞いていた。それに障子の“個性”は見るからに体に表れていたのだから、どちらの仕業かはすぐにわかる。

水世がじっと足を見つめたと思うと、彼女の足から突然炎が上がった。動きを封じていた氷が綺麗に溶けて自由の身になり、軽くその場にジャンプして、動きに鈍さはないかを確認。服の露出が激しいため些か寒さはあるが、そこは仕方がない。すぐに無線で他二人に状況を聞けば、やはりどちらも身動きが取れないようだった。


「尾白くん、私そっちに向かうね」


え?という驚いた声を気にせず、水世は氷で滑らないよう気をつけつつ、尾白のいる場所へ駆け出した。だが扉も当然氷漬けになっており、開きそうにはない。水世は扉にレーザーを撃ち込んで壊したと同時、念のためにと一度紋様を消した。

中には身動きの取れない尾白と、ビルを氷漬けにした張本人だろう轟の姿があった。葉隠を探しにいって彼女の氷を溶かしていれば、その間に核は回収されるだろう。裸足のままの葉隠が心配ではあるが、ひとまずはこちらを優先してよかったと思いながら、水世は尾白の方を見た。


「間に合ってる、のかな?核には触られた?」

「いや、大丈夫……それより誘さん、どうやって……」

「溶かした。本当は核のそばで使うのは、あんまり得策じゃないんだけど……小規模には抑えるよ」


そう呟いた水世は、右手を銃のようにすると、人差し指を轟の方へ向けた。彼は特に警戒することもなく彼女を見つめている。大方、昨日見せたレーザーを撃ってくるのだろうと予想しているようだった。


「っ、は?」


だが彼の予想は大幅に外れることになる。彼女が指先から出したのは、手のひらサイズの炎でできた弾丸だったのだから。咄嗟に足元から氷を出した轟だが、目を丸くして水世を見つめている。その瞳に、何故だか鋭利なナイフのような剣呑が宿った。

核のそばで炎を扱うのはあまり良くないため小規模の炎攻撃で抑えたが、しかし炎が小さすぎる。そのため轟が出す氷を全て溶かして彼自身に攻撃を与えることが難しい状況。氷自体には炎で対応しつつ、攻撃方法は別のものへ変えた方がいいか。脳内で思考を巡らせながら、水世は弾丸を出すことはやめて、向かってくる氷を足元を燃やして溶かした。


「おまえの“個性”、昨日のレーザーじゃねえのかよ……複数持ちか」

「私は一度も“個性”がレーザーなんて言ってないよ。ただあなたがそう勘違いしただけ。レーザーも炎も、“個性”で扱えるものの一つだよ」


苦笑いを浮かべながらそう返した水世は、左手を地面に向けた。すると魔法陣が彼女の手のひらの前に展開される。今度こそレーザーかと警戒した轟だったが、地面から黒い槍が――と呼ぶには形状は三角錐で氷柱のようだが――次々に生えてきた。それは轟の方へと向かっていき、彼は瞬時にそれらを凍らせていく。


「凍らされるとやっぱりダメだね。葉隠さん、足は平気?」

「"まだ大丈夫!"」

「ならもう少しだけ頑張ってもらえると、ありがたい」


無線機から聞こえるわかった!という力強い返事を聞いて、水世は一度、手首を覆っていた紋様を消した。

葉隠の足のことを考えると、五分未満が限界だろう。それまでは少し足掻いてみるかと水世は結論を出して、今度は槍を天井から出現させていく。先程同様にすぐさま凍らせた轟だったが、その氷の上から槍が出現していき、彼は顔をしかめた。

氷で攻撃を仕掛けても相手は炎を持っている以上、溶かされて攻撃が届かない。かといって左を使う気は一切ない。轟はどこか余裕そうな表情を浮かべている水世を睨むように見つめながら、舌打ちを落とした。

槍は四方八方から出現していく。それを凍らせるものの、その氷を別の槍が砕いたり、氷の上から出現させたり。槍を出せるのはあくまで地面や天井など、壁のある場所。空中からは出現できないようだが、槍を凍らせることで、逆に相手の攻撃範囲を広げてしまっていた。

そう広々とした部屋でない中で、その場を動くことなく攻撃を行なっている水世と、攻撃を避けるために動き回る轟とでは、後者の方が不利であった。それでも元のポテンシャルや実力の高さか、彼は上手くかわして、一度も攻撃を受けてはいない。

平行線を辿っていた二人の戦闘だが、不意に水世が攻撃をやめた。そして両手を挙げて「もう無理かな」と笑った。作戦かと訝しんでいる轟を見て、水世は自身の後ろに視線を向けた。


「核のそばで大規模な炎は扱えないし、レーザーもビルの損壊を招く可能性がある。黒槍も凍らされる。流石に二対一は私に不利。それに何より、これ以上続けてしまうと、葉隠さんの足に負担がかかる」


降参、と告げた彼女の後ろから、屋外で待機していたはずの障子が現れた。中々戻ってこない轟に、何かあったのかと様子を見に、また必要であれば助太刀をするため潜入してきたのだ。

どうやら本当に攻撃する気のない水世を見て、轟は不完全燃焼のような気持ちで核に触れた。オールマイトがヒーローチームの勝利を伝えるなか、轟が自身の左手で炎を出してビル内の氷を溶かしていく。

水世は尾白に足は大丈夫かを聞いた。彼は頷きつつ、自分よりも裸足の葉隠の方が心配だとこぼした。水世は葉隠のブーツと手袋を手に取ると、彼女にどこにいるのかを聞いて、そちらへ向かった。


「どうぞ。足、大丈夫?凍傷とか……」

「平気平気!それよりごめんね、私のせいで降参させちゃって……」


姿は見えないが、落ち込んでいるのだろう葉隠に、水世は首を横に振った。あのまま続けていたら、どの道二対一という不利な状況に陥り負けるだけ。それなら潔く降参した方がいいと判断しただけのことだと。

地下のモニタールームに戻り講評が行われたが、当然ながら今戦のベストは轟であった。核にダメージを与えず敵を一気に弱体化、自身の“個性”をしっかり理解しているからこそ、仲間である障子を外に待機させた判断力も確かなものだ。障子の方も自身の“個性”を活かして率先して索敵を行い、必要な情報を的確に轟に伝えている。このコンビは互いの得意分野がハッキリと分かれており、相性も良かったのだろう。

一方、為す術なく一瞬で動きを封じられた敵チーム、特に始終身動きの取れなかった尾白と葉隠には、励ましのような言葉がかけられた。


「核への被害を考えて炎を最小限にし、轟少年をあの場に留まらせ、一人足掻いた誘少女。君も中々グッジョブだったぜ!為す術がないからと、おとなしく引き下がる敵ばかりではないからな。轟少年に立ち向かい、且つ彼を核へ近付けさせなかったその諦めない心!最後、チームメイトを案じての降参だったが、仲間を思うその優しさも大事なものだ」


講評を終えると、次のチームが再びくじで決められ、モニタールームを出ていった。自分の番を終えて水世が息をついていると、上鳴が興奮した面持ちで彼女に駆け寄った。


「なあ、なんだよあの“個性”!レーザーだけじゃないのか!?炎やら槍やら、もうなんでもアリかよ!魔法?魔法少女系?」


目を瞬かせた水世は、否定も肯定もせず、曖昧に笑った。魔法とはいい誤魔化し方じゃねえか、なんて。そんな声が彼女の脳内に響いた。