03
人気のない路地裏。
そこまで来て、コマドリは近くにあった大きな木箱の上に止まった。
『本当に、私の声が聞こえるのね?』
「うん、確かにお前が喋ってるように聞こえるよ」
まさか動物が喋るわけがない。
そんなことは分かっていても、現に目の前のコマドリはさも当たり前のように喋っている。
「驚いた…まさか鳥が喋るなんて……」
『それはこっちの台詞だわ。まさか私の声が聞こえる人間がいるなんて…』
「でもどうして僕だけに君の声が聞こえるんだろうね…?
さっきは周りに何人も人がいたけど、誰も君が喋ったことなんて気にしてる風じゃあなかったじゃないか」
(そうだ)
鳥が喋るなんてことがあれば、もっと大きな騒ぎになるはずである。
『…それは、きっとあなたと私が特別だからよ』
「特別…?」
コマドリが歩み寄る。
『そう。人間に言葉を伝えられる私も特別。それを一人だけ聞くことのできるあなたも特別』
(一人だけ)
(一人)
(二人)
(一人)
『私たちは特別なの、他とは違う』
「そうか…特別、だからか」
納得できるわけではないが、何となくその言葉は頭の中にすとんと落ちた。
『ところで、私はあなたのことを何て呼べばいい?』
「え…?」
『会話をするなら、お互いに名前が必要でしょう?』
何故かほんの一瞬、不安がよぎる。
コマドリが少しずつ、自分に近付いてきている。
「…ドッピオ。ヴィネガー・ドッピオ」
『そう、ドッピオっていうのね』
「じゃあ、お前にも名前をつけなくっちゃあな」
どんなのが良いだろうか、と考え始めた直後に、コマドリは「チチ、チ」と鳴いた。
『名前ならもうあるわ。アニマ・ペッティロッソよ』
「ペッティロッソ(コマドリ)…そのままじゃあないか」
『分かりやすくていいでしょう?』
二人で顔を見合わせ、笑い合った。
(アニマ…?)
(まさかあの女が)
(いやまさか)
(あの女は死んだ)
(確かに見届けたじゃあないか)
(まさか)
(まさか)
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