待って、置いていかないで。

大好きなあの人を必死で追いかけるのに、あの人は優しく微笑むばかりで待ってはくれない。どんなに走ってもその距離は一向に縮まる気配を見せず、大きな背中が段々と小さくなっていくのをずっと、ずっと見ていた。

俺には、あなたしかいないのに。

ああ、そうか。今日は、








眩しい日差しに目が眩んだ。
地球温暖化の影響でもう十月になるというのに真夏日。風は幾分か冷たくなったものの、照りつける日差しはジリジリと少し痛いくらいだ。

「おーい、銀さん!そっち終わったら次はこっち頼む!」
「へえへえ…たく、人使いの荒いおっさんだぜ全く」

今日の万事屋の仕事は屋根の瓦の修復作業だ。先日猛威を振るった大型の台風の影響で崩れかけた江戸の町は段々と元の姿を取り戻しつつある。
お陰で万事屋は町の修復作業に大忙しで、嬉しいやら面倒くさいやら微妙な心境だ。普段こんなに仕事が来ることはないのだから素直に喜んでおくべきだろうか。

「あ」
「…銀さん!?」
「…銀ちゃん!」

人使いの荒い親方にぶつぶつと文句を言いながら、立ち上がった瞬間に揺らいだ視界を意識した時には既に遅く、急激に襲ってくる浮遊感と共に新八と神楽の悲鳴を聞いた俺は、そのまま意識を飛ばした。

ああ、太陽が憎い。


*


毎年この日は決まって夢見が悪かった。
震える瞼を恐る恐る開くと見慣れた天井が映りこんできて、俺はまだ生きているのだと悟った。

「なに、してんの」
「ああ、起きたのか」

ずきずきと痛む頭に眉を寄せて視線を動かせば見慣れた黒が優雅に煙草を吹かしてして、ジリジリとフィルターを焼いていく小さな炎から目が離せなくなる。

炎は嫌いだ、何もかも、奪っていく。

「お前、屋根から落ちたんだってな」
「ああ。俺、生きてんだよな?」

俺の額に巻かれた包帯を撫でながら馬鹿にしたように笑う土方に、ずっと疑問に思っていたことを問い掛けた。

「お前がんなことでくたばるタマか」
「だよな」

ずっと不思議だった。
今まで何度も死の淵をさまよってきたというのに、俺の心臓は動きを止めることはない。左胸を着流しの上からぎゅっと掴むと確かに鼓動を伝えるのに、まるで生きている心地がしなかった。
何故、俺は死なない。

「お前って、結構馬鹿だよな」

一人百面相する俺に心底呆れた顔をした土方は左胸の上で白くなった俺の手を握り、そこに耳を当てた。

「ちゃんと聞こえる、人の鼓動だ。何なら俺のも聞いてみるか?」
「土方、」
「らしくねぇ顔してんじゃねぇよ。今更怖じ気づいたか?」

俺の大切なものは、いつも奪われていく。
なのに、この両手には少し抱えすぎた。
容量を超えたものは掌の間を擦り抜け、さらさらと零れていってしまいそうで、俺はそれが堪らなく怖い。

「なぁ銀時、守るだけが全てだと思うな。守られることに慣れろ」

じゃあ一体誰が守ってくれる。
俺の大切なものを、誰が守ってくれる。
お前を、新八を、神楽を。
結局大切なものは自分の手で守っていかなければならない。

「人はいつか必ず死ぬんだぜ?それが早いか遅いかの差だ」
「んなこと分かってる!」
「矛盾してるな。死にたいのに、死にたくない。お前、自分から落ちたんだろ?」
「…ッ」
「死んじまったら全て終わりだ。お前が守りたいものも、守れなくなっちまう」

分かってはいる。頭で理解していても、俺はまるで不死身のような自分の身体が恐ろしくて仕方がないのだ。

「それに、今お前に死なれたら…少し、寂しい」

震える声音に顔を上げれば、痛いくらいに握られた手に額をくっ付けた土方が唇を噛み締めながら涙を零していて、俺は訳が分からなくなった。

「なんで、お前が泣くんだよ」
「…ッ、お前が、馬鹿なこと考えるからだ!なんで、今日なんだよ!命を粗末にするな…!お前が生まれて来たことを喜ぶ人間が此処には大勢いて、お前が死んだら悲しむ人間が此処には沢山いるんだよ!そんなことも分からねぇのか…!」

最後まで美しく生きよう。
あの日確かにそう誓ったのに、すっかり忘れてしまっていたらしい。
ボロボロと涙を流しながら俺の布団に顔を埋めた土方に、俺は己の愚かさ呪った。

「ごめん、ごめんな…土方」
「もう、馬鹿なこと考えるんじゃねぇぞ」

鼻を啜り、くぐもった声で告げる土方の手に了承の意を込めて口づけを落とす。

「…銀時」
「ん?」
「生まれてきてくれて、ありがとう」

そんなことを言われたのは初めてだった。
この身体も髪も、人とは少し違っていて、ずっと忌み嫌われてきた。実の親にさえも見放され、やっと受け入れてくれた大好きな人は居なくなった。
だけど土方はこの髪を綺麗だと言ってくれた。人と認めてくれた。
俺の存在を受け入れ、愛してくれたんだ。

「…お前まで泣くのは珍しいな」
「え、嘘?俺泣いてんの?」
「ああ、ひでぇ顔だ」
「どっちがひでぇんだよ」

俺の意識とは裏腹に溢れる涙はなかなか止まってくれず、溢れる度に土方はなんども着流しの袖で拭ってくれた。
こんなに泣いたのなんて、あの時以来だ。

「土方」
「何だよ?」
「へへ、愛してるぜー」
「…銀時」
「んー?もう泣かすなよな?俺一応攻めなんだから」


「誕生日、おめでとう」

泣かすなって言ったのに!


(とつきとおか。あの日、あの時、あの場所で。お前が生まれた奇跡)


Happy Birthday!!






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