それは実に約1ヶ月ぶりの逢瀬で、あれ少し痩せたなとか柄にもなく照れてんなとか、色んな想いが脳内を駆け巡ったけどやっぱり愛しさが優った。
家に入るなり冷蔵庫にまっすぐ向かっていったあいつがその扉を開けた途端に眉を垂らして、苦虫を噛み潰したような顔をしたのがなんだかとても可愛くて、無性に幸せな気分になった。

「マヨネーズがない…」
「あるじゃん、そこに」

冷蔵庫の扉側のポケットにはケチャップのとなりに確かにお目当ての赤いキャップが見える。
俺の健気な愛情に気付く筈も無いあいつは妙な哀愁を漂わせながらその赤いキャップを手に取り、中身を確認すると見てられないとばかりにそいつを元の位置に戻し唇を噛んだ。

「…少ない」
「いや、それ軽く三分の二は入ってるからね?一般家庭では約1ヶ月位持つ量だからね」
「……足りない」

冷蔵庫の前でしゃがみ込み悲しそうに俺を見上げるその瞳はまるで捨てられた子猫のようだ。
確かにこいつのマヨネーズ摂取量は異常な気がする。なんてったってコーヒーにまでマヨネーズを入れる男だ。家のささやかな調味料なんてコーヒー一杯飲むだけで塵となって消えていくだろう。
やっと取れた連休を万事屋で過ごす為、やたらデカいお泊まりセット一式を持って来ていたからと安心して気を抜いていた。
一体何本のマヨネーズを持参したんだと馬鹿デカいお泊まりセットを確認すれば、中から出てきたのは下着数枚と俺が誕生日にプレゼントしたリラックマのぬいぐるみだけだ。

「なんでリラックマ?」
「リラックマは俺の睡眠には欠かせないアイテムだ」

ぎゅうぎゅうに詰められたリラックマを取り出してスリスリと頬ずりしている姿はとても可愛い。だがしかし、自分でプレゼントした物を可愛い恋人が愛用しているなんて幸せなことこの上ない筈なのに、もの凄く憎らしいのは何故だろう。
土方の腕の中で形を変えるリラックマに睨みを利かせても奴は愛らしいくりくりな瞳で見返してくるだけだ。

「それいると凄く邪魔なんだけどな。銀さんどこで寝んの?てかお前家まで来て寝るだけですむとか思ってんのねえ?無理だから普通に無理だから」
「ソファーがあるだろ?」
「俺の話聞いてた?」
「それよりマヨネーズが足りない。買ってこい」
「……テメェ今夜覚悟しとけよ?」
「あ、今夜はこれ見ようぜ。総悟がこれ面白いって言ってんだよ」
「…………」

土方の持ってきたCHUTAYAの袋を開けると、一昔前に流行った殺人鬼な赤ん坊がニヤリと赤ん坊らしからぬニヒルな笑いを浮かべてこちらを見つめていた。

「………チョッキーかよ」
「総悟がな、チョッキーなら鋏でチョキチョキするだけのワクワクさんみたいな映画だから俺らでも見れるって」
「お前いい加減沖田君を信用すんのやめなさい。そしてワクワクさんに謝れ」
「総悟は俺らでも怖くない映画を教えてくれたんだぞ?」
「うん、もういいわ。銀さん諦めた。マヨネーズ買ってくるからお前風呂でも入ってれば?沸いてるからさ」
「おお、お前にしては気が利くな。じゃあそうさせて貰うわ」

テメェは何様だとか思ったりもしたが相手にするのは些か面倒で虚しい。
俺は溜め息をひとつ吐いてテーブルの上の財布(勿論土方の)を持って万事屋を出た。










左心房に君がいるなら問題ない。










「で、お前は何してんの?」
「いいからここに座りなさい」
「へ?つーかなんで敬語?」
「いいから座りなさい」

何故この状況になるんだ。
大江戸マートは時間的にもう閉まっていて、仕方なく隣町にある24時間営業のスーパーまで真夜中に原チャを走らせた。
それもこれも目の前にいるコイツのためだというのに。なのになんで俺はこんな目に遭わなければならない。

俺が万事屋に戻り玄関に入ると何故か土方が正座していた。風呂上がりなのかうっすらとピンク色した頬と髪から滴る雫が色っぽいななんて、そんなことを考えながらも今の状況を打開する策は見当たらない。
しかしキッと睨みつけてくる土方の目元は赤く染まって泣き腫らしたことが見て取れて、俺も渋々玄関に正座した。

「なあ、なんでお前泣いてんの?俺なんかしたっけ?」
「……ッ…泣いてない!」
「バレバレな嘘吐くな。こんなに目ェ赤いじゃねーか」

きゅっと噛まれた唇と真っ赤な瞳が痛々しくて思わず手を伸ばす。
しかし俺の手は土方に触れることはなかった。

「さ、触るな!この浮気もの!」
「…………は?」

今なんつったコイツ。浮気ものとか言ったかコイツは。

土方に会えない1ヶ月の間は毎日右手のお世話になった。断じて浮気などした覚えはない。毎日土方のことばかり考えて、次は何時会えんだろうって一日中電話の前で過ごしたことだってある。

「ふざけんな。俺は毎日毎日テメェのことばっか考えてるし、今日なんかテメェの為に風呂洗って沸かして飯作って布団干してんだよ。真夜中にマヨネーズ買いに行って仕事で疲れてるテメェの為にヤリてぇの我慢してただ抱き締めて寝ようとか恥ずかしいこと考えてんだよ」
「………じゃあ、」
「なんだよ?」
「じゃあコレはなんですか!」

いや、だからなんで敬語なんだと言おうとした俺は土方が突き付けてきた物を見て首を傾げた。

「……チョッキー?」
「違う。チョッキーは居間にある」
「じゃあなんだよ?」
「い、いいから黙って確認しろ!」

土方に突き付けられたのは先程見たCHUTAYAの袋で、俺は頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしながらもそれを開いた。

「それはなんですか」
「……アダルティーな、ビデオですね」
「…ッ…AVは、立派な浮気です!」

叫ぶや否やボロボロと泣き出した土方に、いつ借りたのか定かではない「ミニスカポリス〜真夜中の御用改め〜」を見て俺は肩の力を抜いた。

「浮気ってAVのこと?」
「…ふ、ぇ…ぅ、ひぐ」
「ああもう!…はいチーンして!」
「…ぅ……んぅ…ずび…」

顔をくしゃくしゃにして泣く土方の涙を袖で拭ってついでに鼻もかませる。
まだ少ししゃくりあげてはいるが大分落ち着いてきたところを見計らって俺は再度質問した。

「こんなAVどこで見つけたの?」
「ん、お前の…部屋の押し入れ」
「なんでそんなとこ見たの?」
「布団、敷こうと思った」

押し入れの中にAVが入ってたなんて知らなかった。延滞料金が大変なことになってそうだ。そもそも普段押し入れには神楽が寝てるというのに置いとく俺はどうなんだろう。
土方が来る日は必ず布団を干して押し入れにしまっているのが裏目に出た。

「もう泣くなって。こんなん何時借りたんだか分かんねぇやつだし、今は脳内のお前をリピートしてオカズにする日々だよ」
「でもこれ巨乳だし…俺ペタンコだし」
「いやいや、ペタンコ以前に土方は男の子でしょ」
「…ぅ……」
「あ、また泣いた…あのね土方、もう正直男とか女とか関係ねぇの。俺はお前がいいの、分かる?」
「でもお前、よく巨乳な女がいると振り返って見てるじゃねぇか…」

土方が性別に関して劣等感を抱いているのは知っていた。男とは正直なものでいい女とすれ違えば振り返ってしまう生き物だ。しかもここはかぶき町だ、いい女なんて腐る程いる。
しかし、見慣れたからかそれとも土方に惚れているからなのか俺は正直そんなものに興味がなかった。だけど俺が女の方を振り返る度に土方がきゅっと唇を噛んで凄く可愛い顔をするから、その顔見たさに振り返るのが癖になってしまった。

「そりゃ男だから自然と目がいっちまうのは仕方ねぇだろ。だけど触りたいとは思わねぇよ。俺はぽよんぽよんの乳より土方のペタンコがいい」
「ペタンコで、いいのか?男でいいのか?」
「さっきも言ったろ?男とか女とかじゃなくてお前がいいんだよ。まあ女のお前も見てみたい気がするけどな」
「や、やっぱり女がいいんだ!」
「だーかーら!どっちでもいいんだよ俺は。お前が男でも、例え女になっちまったとしても、中身がお前のままならな。どーしてくれんの?俺をこんなにして」
「銀時はなんも変わってねぇじゃねぇか…」
「…ばーか、分かんねぇかなぁこの心境の変化が。俺のココはお前で埋め尽くされちまった」

ココと言いながら自分の左胸をトントンと叩く。土方はキョトンと鳩が豆鉄砲くらったような顔をした後にへにゃりと破顔した。

「銀時のココ、俺でいっぱい?」
「あーもう入りきらなくて溢れて困ってんだわ。ちっさい土方がわあわあ騒いでてうるさいったらありゃしねぇ」
「……そっか」

俺の左胸にすりすりと顔を擦りつけた土方は安心したように笑っている。俺もその様子を見て、ふうと息を吐き出した。

土方の泣き顔は何度見ても心臓が止まりそうになるから困る。締め付けられるような痛みと、場合によっては自分でも制御出来ない程の加虐心を煽られる。
それでもやりすぎた時は謝って、謝られて。
今更AV如きで喧嘩なんて馬鹿らしい。可愛いヤキモチだ。

「……くく…」
「なに笑ってんだ?」
「いや、AVにヤキモチって可愛いなぁと思って。お前ってなんだかんだで俺のこと大好きだよな」
「何を今更なこと言ってんだ?大好きに決まってるだろ」
「もうちょっと恥じらって言ってくれ」
「だって恥ずかしいことじゃないだろ?」

土方は俺を好きなことを恥ずかしくないと言う。
真選組副長で地位も名誉もある土方がなんで俺なんか好きなんだろうって、本当は俺の方が劣等感を抱いているなんて言える訳ない。

「ぎんとき?」
「あ…?ああ、そうだな」
「ぎん、なんか痛そうな顔してる…怪我でもしたのか?」
「してねぇよ。ちっさいお前が心臓の中で暴れててちょっと痛かっただけだ」
「銀時の心臓にいる俺は悪い奴だな!」
「もう大丈夫だよ。それよりほら、チョッキー見るんだろ?先居間行ってろよ」
「うん」

嬉しそうに笑って小走りで居間に向かう土方が扉の向こうに消えたのを確認して俺は溜め息を吐いた。
柄にもなく感慨深くなってしまった。土方に心配させて軽く自己嫌悪だ。
元々は土方の方から気持ちを伝えられて始まった関係だ。だけど今は確実に俺の気持ちが上回ってるだろう。

「まったく、とんでもねぇのに捕まっちまったな…」

よいしょ、と立ち上がると足が痺れていた。
床に落ちたAVを拾って玄関から出るとネオン輝くかぶき町へ放り投げる。もうあんなもの必要ない。

「ぎんー!準備出来たー!」
「おー、今行く」

ブーツを脱いで家に上がり、瞼を泣き腫らした土方の為にタオルを絞っていく。

「ぎ、ぎんとき!ははは早くしろ!」
「何だよお前ぇは、やっぱり怖いんじゃん」
「ちちち違うぞ、コレは怖いんじゃなくてびっくりしただけだからな!」
「はいはい」

隣に座ればきゅっと抱き付いてくる体温に苦笑して、俺はまた左胸が締め付けられるのを感じた。





(この先何があっても、左心房に君がいるなら問題ない)






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