トン、トン、トン

味噌汁の香りと俺の舌に合わせた玉子焼きの甘い匂い。
まな板に包丁が当たる音を聞きながら目を覚ますのにも慣れたものだ。
大の男二人が寝ても狭く感じない布団は一緒に暮らすと決めた時に二人で四越デパートまで買いに行ったもので、顔を真っ赤に染めたあいつの手を引きながら生活雑貨を見るのはそれはそれは楽しかった。
段々と増えていく俺とあいつの生活用品は一緒に買いに行ったものが殆どで、この布団カバーもグラスも茶碗も箸も歯ブラシも、全てリラックマで統一されている。ちなみに俺が水色であいつがピンクである。
慣れてしまえば以外と平気なもので、俺は広い布団のすっかり冷たくなった隣を撫でてから追いやられた馬鹿デカいリラックマのぬいぐるみを手繰り寄せて、あいつの代わりにぎゅうっと抱きしめた。

「おい銀時、もうすぐ飯出来るから顔洗ってこい」

眠い目を擦ってうっすらと目を開けば優しく微笑む俺の愛しいあいつ…土方が俺のくしゃくしゃになった髪を梳いていく。
俺はその気持ちよさにまた目を閉じてしまいそうになりながら、日課となったおはようのキスを強請った。

「…とおしろ、ちゅう」
「なんだよ、俺なんかよりリラックマのがいいんじゃねぇのか?」
「リラックマにやきもちですか奥さん?」
「うるせー。それは俺んだ!」
「あ、そっちなんだ…」

いつも土方が抱き締めているリラックマのぬいぐるみからは煙草とシャンプーの混じった香りがして妙に安心する。
しかし土方は大好きなリラックマを俺から奪ってポイと放り投げてしまった。

「早く起きねぇと朝飯抜きだぞ」
「んー、だからちゅうして」
「……」

布団の横に腰を下ろした土方の腰に腕を回してもじゃもじゃの頭をグリグリと擦り付け、チラリと上を盗み見る。
いつまでも経っても慣れることの無い俺の奥さんは、今日も茹で蛸の様に真っ赤に染まった顔で心底困ったと言わんばかりにおどおどと視線をさまよわせている。
そして俺はその様子にほくそ笑みながら幸せを噛みしめるんだ。

後少しすれば潤んだ涙目で頬に小さなキスが落ちてくる。

「とおしろ?」
「…ッ…ほら、これでいいだろ?早く顔洗ってこい!」

立ち上がりタタタッと台所に駆けていく土方は耳まで真っ赤で、俺はその姿が見えなくなるまでじっくり観察してからゆっくりと起き上がり、頬に残る柔らかい感触を思い出しながらニヤニヤと締まりのない顔で洗面所に向かった。

どれもこれも、すっかり慣れてしまった日常。

「銀時、出来たぞー」
「今行くー」

さっぱりした顔をふわふわのタオルで拭きながら居間へ向かえば、リラックマの食器に乗せられたバランスの取れた朝飯に俺の素直な腹がぐうぅと音を起てた。

今日のメニューは豆腐とわかめの味噌汁に俺の大好きな甘い玉子焼き、納豆に焼き鮭とほうれん草のお浸しだ。

ふとベランダの方に目をやれば、眩しい朝日の昇った空は雲一つない青空で、洗濯物がゆらゆらと風に揺れている。

我ながらいい奥さんを選んだと思う。

「今日も旨そうだなぁ。いつもありがとね。いただきます」
「…どうぞ」

これもいつもの会話なのに、土方は頬をうっすらピンク色に染めて嬉しそうにはにかむとほかほかと湯気を上げる飯に満足のゆくまでマヨネーズを掛けた。
うん、これも見慣れた日常だ。

「ん、ご馳走様でした」
「お粗末様」

朝飯を米粒一つ残さず完食した俺に微笑んだ土方は二人分の食器を流しに運んでいく。
その後ろ姿は今日も麗しく、シミ一つない真っ白な桃尻が……ん?

「…とおしろう君?」
「なんだ?」

笑顔で振り返った土方は俺がプレゼントしたピンク色のフリルをあしらったそれはそれは可愛らしいエプロンを着けていて。

「なんで、服着てないのかな?」

胸元からチラリと覗く桃色の突起、首から背中、腰から足までの艶めかしいラインが惜しげもなく晒されていて、つやつやの尻がふるりと揺れた。

「だって…」

顔どころか身体中をピンク色に染めた土方は恥じらう様に手を口元にやり視線を逸らした。
しかし次の瞬間には見惚れるほど美しく微笑んで…

「だってこれ、お前の夢だろ?」




「……桃尻!」

ガバッと目を覚ますとそこは見慣れた寝室で、まな板に包丁の当たる音もしなければ甘い玉子焼きの匂いもしない。
ベランダから見える空は気持ち良く晴れてはいるものの洗濯物なんて揺れている筈もない。

「ガッデム…!桃尻、裸エプロンンン!」
「…うるせェェエエ!」
「…ゴディバ!」

ガシガシと髪を掻き回し身悶えていた俺の頬に愛の鉄拳がめり込む。
元はと言えばコイツが可愛い顔して隣で寝息を起てているのがいけないんじゃないのか。無意識に擦り寄って来るのがいけないんじゃないのか。

「なんなんだよテメェは!偶の休みくらいゆっくり寝かせろや!」
「テメェがイケないんだろうがァァア!裸エプロンは狡いだろ反則だろ!?」
「意味分かんねぇよ!死ね変態!」

フンと機嫌を損ねたらしい土方は誕生日に俺がプレゼントしたリラックマのぬいぐるみを抱いてそっぽを向いてしまった。

「こら、俺がいるのにそいつに抱きつくのは無しって言ったろ?」
「知るか、俺が貰ったんだからどうしようと俺の勝手だ」
「ダメなもんはダメ、こっちにしなさい」

土方の腕から半ば無理矢理にリラックマを奪い、己の腕の中に閉じ込める。

「暑苦しい…」
「なあ土方?」
「今度は何だよ、黙って寝かせろ天パ」
「旨めぇ朝飯も青空の下で揺れる洗濯物も要らねぇからさ…これからも、一緒にいような?てか、いて下さいお願いします」
「…ばかじゃねぇの」

可愛くない言葉とは裏腹に、胸に触れるサラサラの黒髪の間から見える肌は真っ赤で、俺は同じシャンプーの香りがするその髪を梳きながら腕の中の愛しい存在を確かめる様に抱き締めた。

「でも、裸エプロンはやっぱりちょっと捨てがたい」
「…テメェはやっぱり死ね!」

夢が現実になるまであと少し。




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