二月十四日。
今日のこの日の為に俺は毎年生き延びていると行っても過言ではない。

そうだ、俺は製菓会社の策略にまんまと嵌っている。
毎年毎年、クルクルとうねる髪の毛を普段よりも念入りに撫で付けて(五分で元に戻るが)普段よりも念入りに身体を洗い、外に繰り出す。夕方まで町を彷徨いて、そこら中でいちゃつくカップルにガン付けて、特に収穫が無いまま万事屋に帰る。
それでもまだシャイなアンチキショーが夜にこっそり会いに来るんじゃないかとささやかな期待を胸に抱いて、深夜まで一人万事屋のソファーでジッと待っているんだ。

只今の時刻、午後九時。
本日の収穫、酢コンブ(一枚)。可哀想な卵焼きらしきもの。納豆。

「ち、ちきしょう…!銀さんの何がいけないのコレ。何で一つもまともなチョコがねぇんだよっ!自分の好きなもんやれば喜ぶと思ったら大間違いだぞコノヤロー!」

あいつだったらマヨネーズを渡しに来るのだろうか。
そんなことを考えながらこうしてソファーに座ってかれこれ三時間。

「…ちくしょー……」

本当は長谷川さんに独り者同士で飲みに行こうと誘われていた。
だけど実際のところ、俺は独り者じゃないし、あんなんだけど俺の恋人であることに変わりは無い。

なのに、

返せ、俺のバレンタイン。





ソファーで膝を抱えてうなだれているとドンドンと玄関を叩く音がした。

「シャイなアンチキショー…!?」
「はあ?何言ってんだお前」
「……ひ、ひじかた!」

いつもなら眉を顰めるところだが、今日程コイツを愛しく思ったことはない。

「何だよ?」
「お前、来るの遅せぇよ…」
「そんなに早く俺と会いたかったのかよ。しょうがない奴だな!」
「うるせぇ…それより、有るんだろ?」
「あ?」
「……チョコ、有るんだろ?早く寄越せ」

若干不安になりながらも手を差し出せば、土方は懐をガサガサと漁り体温で温くなったソレを手渡した。

「………なに、コレ?」
「チョコだろ?」
「見りゃわかるわァァァ!俺が言いたいのは何でマヨネーズの容器に入ってんのかってこと!」

まさかコイツも自分の好きな物をやれば喜ぶだろう思考の奴なのだろうか。チョコにマヨネーズ何てデンジャラスなもん食えと言われても食える訳がない。
即行でお返ししようと見慣れた容器を突き返せば土方はキョトンと首を傾げた。

「中身は普通のチョコだぞ?しかも容器はちゃんと洗った!」

偉いだろと言わんばかりに誇らしげな顔をされ、俺は疑惑の眼差しを向けながらも赤いキャップを外す。そして容器を押すと出てくる生温かくなったチョコらしきものを指で掬い恐る恐る口に含んだ。

「甘い…」
「だから言ったろ。それ作るのに意外と時間が掛かっちまって…」
「でも何でコレにしたの?」
「何言ってんだ。変態なお前がチョコプレイをしたいって言うからわざわざ作ってきてやったんだろ?」
「…………ん?」
「市販のチューブじゃすぐ無くなっちまうし、それに比べてこいつなら沢山入るからな!」

そう言って見慣れた業務用の容器を愛しげに撫でる土方に俺は鳥肌が立った。

「何誇らしげに言ってんだテメェは!誰がチョコプレイをしたいって言ったァァァア!」
「“ちょこっとプレイするだけも駄目なのか”って言ってたじゃねぇか!」
「それは…パ チ ン コ の話だろうがァァァア!しかもお前に言ったんじゃねぇし!新八に言ったんだし!」
「お、お前……こんなとこで…ち、ちち…ちん、こ…なんて……」
「‘パ’付けろやァァァア!何なのお前中学生!?」
「……フッ…そりゃあ現実逃避もしたくなるだろ……気付いてやれなくて悪かったな……お前が…ぐす…志村とチョコプレイしたかった…って……ぐす…」
「は?」

長い言い争いの後、突然自嘲気味な笑みを浮かべた土方はすぐにその瞳に涙を溜めた。

「…ひっく、ぅ…俺、なんも…気付かなくて…ふ、……コレで、志村と…チョコ、プレイ…できる、から……ぐす」

ドンと渡された業務用のソレに俺は暫くの間反応することが出来なかった。
つまりこの電波は俺が新八とチョコプレイをしたいと思って……

「……気持ち悪いこと言うんじゃねェェェェエ!」
「……ひく、…ごめ…俺、きもち…わるいよな…」

ひくひくとしゃくり上げながら顔をグシャグシャにして泣く土方に苦笑した俺は赤く染まった目尻に溜まる雫をペロリと舐めとった。

「ん、しょっぺぇな」
「…ふぇ……?」
「てかお前本当に馬鹿な。俺が新八とチョコプレイしたい訳無いじゃん」
「……でも」
「んー…てかさぁ、お前は俺が新八とチョコプレイしてもいいんだ?」
「え?」
「しちゃっていいの?」

形のいい顎を親指でクイッと上げて潤んだ瞳を真っ直ぐ見つめると、その瞳には決壊したダムの様に涙が溢れてくる。ポロポロと零れるソレを舌で掬ってやれば首に回ってきた腕にとっさに反応出来ず、おれは土方と共に床へ倒れこんだ。

「…っ、ふぇ…やだ……」
「何が?」

ぎゅうぅっと抱きつかれて息苦しさを感じるが、俺はそのことは告げずにサラサラとした髪を宥めるように撫でた。

「何が嫌なの?……ひじかた…」

未だしゃくりあげながら泣いている土方の耳元に唇を寄せて囁けばピクリと身体を反応させて耳を真っ赤に染め上げる。その反応が可愛くて赤く染まった耳にちゅうっと吸い付けば、俺の首筋に埋まった土方は観念したように喋りだした。

「…チョコ、プレイ…ふぇ…しちゃ、やだ…」
「うん、しないよ?」
「……え?」

首筋から顔を上げて不思議そうな眼差しを向けてくる土方に苦笑して俺は露わにした額をピンッと軽く弾いた。

「……いた…」
「大体さ、チョコプレイしたいなら最初から素直に言えばいいんだよ。お前が変態なのは十分過ぎる程知ってるし、付き合ってやるのに」

この電波はいつもそうだ。
自信満々で勘違いな発言の裏には本当は不安で仕方無い土方がいる。誤魔化そうとしているんだ、不安な気持ちを。
俺はもうとっくに惚れているし、腹も括っていると云うのに当の本人には全く伝わっていないのは少しだけ虚しいような気もするが、誰よりも愛されている自覚はあるから今はそれでいい。

「……ンッ…」

赤いキャップを外して中身を白い頬へ垂らせばすっかり冷たくなってしまったチョコレートに土方は小さく声を上げた。
体温で溶けて下に垂れていくチョコを舌で辿ればクスクスと笑う声が聞こえ、首を竦める。

「…ふ、…くすぐったい…」
「…コラ、そうしたら舐めらんないでしょ?」
「……だって」

頬から目元に向かい、そこから耳へ舌を寄せて首筋へ向かうところで土方が首を竦めているせいで一旦中断することになった。

「…むう…」
「何膨れてんの?」
「……わざとだろ」
「ん?」
「……くち、…わざと外してるだろ…」」
「何のことー?」

すっとぼける俺に土方は唇を尖らせた。

「…くちにも」
「口にも?」
「……くち、にも……して…」

そうだ。
言いたいことがあるならちゃんと言えばいい。して欲しいことがあるならちゃんと言えばいいんだ。

不安になる必要なんか無いよ。
だって俺はお前にメロメロだから。
それはまだ秘密だけれど。

「……ぎん…」

これ以上は無理とばかりにきゅっと抱きついてくる土方に今日はこれ位で勘弁してやるかと尖った唇を撫でた。

「……ッン…」

柔らかい唇に吸い付いて絡めた舌は苦い煙草の味がした。












「ぎんとき」

「なぁに?」

「…すき」

「……知ってる」





end




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