「本日久々の秋晴れということで、ここ大江戸ランドは沢山の人で賑わっています」 ここ一週間、夏から秋に変わる季節の変わり目だったせいもあって雨の日が続いていた。久々に顔を出した太陽は少し張り切り過ぎたのか、秋にしては暖かいを通り越して些か暑い。そんな国民の休日に雨のせいで溜まった鬱々を晴らそうと、江戸で最も規模のデカい遊園地、大江戸ランドは人で溢れていた。俺の心の恋人、テレビの中で美しく微笑んでいる結野アナは照りつける太陽に額にうっすらと汗をかきながらも笑顔で新しく出来たアトラクションに並ぶカップルにインタビューしている。 「すげぇ人…そういや俺、遊園地って行ったことねぇな」 「そうなのか?」 「ああ、お前はこないだ真選組の連中と行ったっつってたな」 「ああ…けどありゃあ、とっつぁんの娘の彼氏をぶっ殺す付き添いしてやっただけだ。だから心配すんな、な?」 「いやいや、な?じゃなくてね。誰も心配してねぇから」 「ああ!そんな顔すんなよ…俺まで悲しくなっちまう」 「どんな顔だよ……」 「分かった、もうお前以外の奴と遊園地なんて行かねーよ。約束する。だから拗ねんなって」 「だから…心配なんかしてねぇし、拗ねてもいねぇし!」 「ほら、指きり」 差し出される小指。最早俺の声など耳に入っていない。その癖自分に都合のいいことだけ聞こえてやがるんだこいつは。 「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます!指切った!」 土方は一方的に告げると、うっすらと頬をピンク色に染め、にこにこと微笑みながら指切りしたばかりの小指を満足気に眺めている。 ああ、神様 今日も土方は相変わらず電波です。 * と、そんなやり取りをしたのが一ヶ月前のこと。 そして俺は今、夢の国と言う名のねずみの国に来ている。 何故この寒空の下こんなところに居るのか。少し時間を遡ってみよう。 ピンポーン。 今日は世に言う日曜日だった。 世間は休日、無論万事屋も休み。いつも休日のようなものかもしれないが、それでも毎朝新八と神楽に起こされる俺からすれば唯一昼まで寝ていられる日だった。それなのに、耳障りな呼び鈴に起こされた。こんな日のこんな時間に万事屋を訪れる奴なんて一人しか思い浮かばない。仕方なく起き上がり玄関を開けるとそこには想像通り奴が、土方がいた。 しかしどこかいつもと違う。いや、全然違う。おかしい、頭のおかしい奴がいる。 土方は耳を付けていた。猫とか犬の類ではない、ネズミの耳だ。黒いネズミの。しかもご丁寧に水玉模様の赤いリボンまでついている。 「お前…ソレ付けてきたの…?」 「うん?はいコレ銀時の」 「………うん、いらないわ」 「早く着替えてそれ付けて、行くぞ!」 「いやだから付けないし。てか一応聞くけど、どこに?」 「ねずみーらんど!」 「………………」 「……行かないのか?銀時が行きたいって言ったから、俺…頑張ったのに……ぐす」 「いや、言ってないよね」 「遊園地、行ったことないって言った………ぐす」 「うん、行ったことないとは言ったけど行きたいとは言ってないよね……てか泣くな」 「………行きたくないのか?…ぐす」 「………そんなに泣いてちゃねずみーらんど楽しめねぇぞ?」 「…ぎんとき?」 「分かったら銀さんの準備が終わるまでに泣き止んどくこと」 「…!、ぎん!やっぱり行きたかったんだな?最初から言えばいいのに〜」 「………………」 そして今に至る。 季節は秋から冬に変わる途中で気温も徐々に下がってきている。しかも今日は朝ということもあってかなり寒い。太陽も雲に覆われ、大江戸ランドに新しいアトラクションが出来たせいかお客もまばらだ。 フリーパスをご丁寧に首から掛けるパスケースに入れてご機嫌の土方は俺を遊園地に連れて行きたかったと言うよりは自分が来たかったといった感じだ。 「銀時!あれ乗ろう!」 「わ、分かったから走らないで」 グイグイと俺の袖の袂を引き、最初に連れて行かれたのはコーヒーカップだった。着流しでそんなに走れる土方の若さに感服した。 「何でコーヒーカップ…?」 「だって可愛いだろ?それにジェットコースターとかは並ぶから先にファストパスっていうのを取っておくんだ!そうすれば後で並ばなくても乗れるんだぞ!」 そう自慢気に話す土方の手には読みこみ過ぎて端がヨレヨレになってしまった「ねずみーらんど、制覇だぜ!」と言うタイトルのガイドブックらしき物が。 どんだけ勉強して来たんだ…。聞いた話によると俺と土方が着けている耳とパスケースは事前に通販で購入したらしい。 やっぱりどう考えても土方がここに来たかったとしか思えない。 「これは………えーと、五時のだから最後に乗ろうな。アレは服も濡れそうだし」 「……は?」 「あれだよ」 そう言って土方が指さした方向に聳え立つ滝。そこから真下に落下したコースターからはキャーと言う悲鳴が聞こえる。 「楽しみだな」 にこにこと笑いながら左手でガイドブックを持ち、右手で俺の左手をきゅっと握ってくる土方を見ていると何かもうどうでもよくなってきてしまう。こいつが可愛いから、もう何でもいいや。 俺はその手をぎゅっと握り返した。 「ほら………コーヒーカップ、乗るんだろ?」 「え、あ……うん」 土方はうっすらと頬をピンク色に染めて、照れたように下を向いた。バナナ突っ込んで来たり紐パン穿いてきたりする癖に、妙なところでウブなんだ。 コーヒーカップはそのマイナーさ故に人もまばらで並ばずに乗れた。 笑いながらカップを回しすぎる土方を止める俺を周りにいたカップルやら女の子やらが異様な目で見ていたが土方が全く気にしてない(と言うか見えてない)ようなので俺も気にしないことにした。 「うう……ぎぼちわる……」 「大丈夫か?全く、だらしねぇなぁ」 「誰のせいだよ誰の」 「次はー………ミッチーの家!」 ミッチーとはねずみーらんどの代表的キャラクターだ。ちなみに俺の頭に生えた耳はミッチーのものである。土方の頭に着いてるのはミミーというミッチーの恋人の耳だ。 男二人で手を繋いで、途中で買った馬鹿みたいに高いポップコーンを肩からぶら下げながらミッチーの家へ向かう。周りの客が俺たちを異様な目で見ては振り返っている。 「銀時…周りの奴らみんな俺たちのこと見てるな。俺らってやっぱりお似合いなんだな!」 「そうじゃないと思うけど…つかよく考えたら真選組副長のお前がこんなとこで遊んでて平気なわけ?」 「副長だって遊びたい時はある。それに今日は銀時の為に来たんだからな!」 どう考えても土方の方が楽しんでる気がするのは俺の気のせいだろうか。まあ、土方が楽しそうだから敢えてそんなこと口に出したりはせずに「あっそ」とだけ返しておいた。 「銀時!あれかわいい!写真撮りたい!」 「わ、分かったからそんなに走るなって……あ、すいません」 ズンズンと先に進んでいく土方に手を引かれた俺は時々立ち止まって写真撮影をしているカップルにドンドンとぶつかっては、その度に謝りながらも目をキラキラさせ全く周りが見えていない土方に必死で着いていった。 「ほら…撮ってやるからカメラ貸せ」 「何言ってんだ?お前も一緒に写るに決まってるだろ?……あ、すいません。これお願いしていいですか?」 土方は俺の腕に自分の腕を絡めると、隣にいた女の子に写真撮影を頼んだ。最初土方の顔に騙された女の子は頬を染めて「いいですよ」と笑顔で応えていたが、俺の腕に絡んだ土方の腕と頭に着いた二つの耳を見るとその笑顔が凍り付いた。 そして早く離れたいとでも思ったのだろう、「はい撮りますよー」と気のない言葉がかかる。 「はぁ?………え、ちょ……待って…」 カシャ 「ありがとうございます」 いつの間にか撮られて、適当に頭を下げた女の子たちはサッサとその場を離れていった。 「ぷ、見ろよお前の顔、ウケる」 「…うるせーな。だからお前だけ撮ればよかったんだ…」 「一枚くらい思い出が欲しいだろ…?」 そう言って液晶画面に写るアホ二人を愛おしそうに撫でる土方があんまり可愛いものだから、俺は無意識にそのぷくりとした唇に口付けていた。 「…………っん」 「…あ…わり…」 「銀時…大丈夫だ、心配しなくてもお前のミミーは俺だけだから」 「は?」 「ミッチーにやきもちなんて!本当に可愛い奴だなっ」 「……………」 「よし!次は飯だ!腹減っただろミッチー☆」 「………誰がミッチーだ!」 その後は大して上手くないのにやたらと高いピザやらチュロスというドーナッツみたいなやつを食べたりして軽く昼食をすませると「お土産買おう」と言い出した土方に半ば引きずられる様にして溢れんばかりのお土産が並んだ大きな建物に連れて来られた。今までの場所でも十分過ぎる程浮いていたが此処では更に浮いている気がする。 「これ、作りたかったんだ」 そう言って土方が見せた例のガイドブックのページには「カップルさんにオススメ!超可愛いお揃いグッズの数々!」と書いてあった。ご丁寧に赤のハートマークでチェックまでしてある。お揃いという響きは如何にも土方が好きそうだ。中でも合皮を編んだようなブレスレットにお互いの名前を彫ってあるのが人気が高いらしく、土方もそれを作りたいらしい。 「本当はストラップとかでもいいかと思ったんだけど、銀時…携帯持ってないし。身につけられる物がいいと思ったんだ」 「ふーん…お前なら指輪、とか言い出しそうなのにな。ちょっと意外」 「指輪がいいならそう言えばいいのに〜……だけど銀時にはこっちのが似合うと思うんだけどな」 「もう何だっていいよ……行くぞ」 電波を交信しだした土方を今度は俺が引き摺る様にしてそのブレスレットとやらを作るところへ向かった。コイツ相手にはムキになったら負けだ。軽く流すのが一番いいと、俺はこの一年で学んだ。 「申し訳ありません。只今予約で一杯でして…お時間掛かってしまうのですが、宜しいですか?」 受付のお姉さんは俺たちを見て驚いたように目を見開いたが、次の瞬間には引きつった笑顔を顔に貼り付けて、申し訳無さそうに告げた。 「どの位かかりますか?」 「そうですね……四時位には出来ていると思います」 「分かりました。じゃあ四時にまた来ます」 「畏まりました。それでは…お二人のお名前を此処にご記入いただけますか?」 そう言ってお姉さんが差し出した紙に土方はサッサと自分の名前を書き出す。俺もそれを真似して急いで名前を書いた。今まで恥を捨てて土方に付き合っていたが、これが一番恥ずかしいかもしれない。 「なんか、婚姻届でも書いてるみたいだな……坂田十四郎、なんて……」 赤く染まった頬を緩めて妄想の世界に飛び立った土方の頭をベシッと容赦なく叩く。受付のお姉さんの顔は更に引きつっている。それでも何とか笑顔を作ろうとするお姉さんのプロ根性に涙が出そうになった。 「受付完了しました。それではまた四時に」 お姉さんの顔はやっと悪夢から解放されたと言わんばかりの清々しさだ。 「じゃあ四時までお土産みてようぜ」 「まだ何か買うのかよ……」 「当たり前だろ?ちゃんとリストも作ってきたんだ」 ほら、と見せられた紙には恐らく真選組の隊士であろう名前と買ってくるものがズラリと書き綴られていた。妙なところで真面目な奴である。それにしても… 「こんなに買うの……?」 「ああ。こんな所来る機会二度とないかも知れないだろ?」 楽しそうな顔から垣間見える焦燥。 誰も未来のことなんて分かりはしない。土方は阿呆で電波だけど先のことをきちんと考えているし、誰よりも臆病だ。俺がどれ程コイツに惚れているかなんて、コイツには全く伝わってないだろう。 「また……また来ればいいじゃねぇか…柄にも無いこと言ってんじゃねぇよ…」 「銀時………」 「………いくぞ」 うっとりと俺を見上げる土方の右手を握りしめ、顔に上がった熱を逃がすように足早にその場を後にした。 どう考えても買いすぎだと思う。 土方の両手と俺の両手、そして俺が背中に背負ったデカいぬいぐるみ。それら全てが土方のお土産だ。ちなみにぬいぐるみは自分へのお土産らしい。 「ふー…買った買った。あ、もうブレスレット出来てるころだぜ」 満足したように息をついた土方は休む間もなく先程のブレスレットの受付に向かう。二十代前半と後半、たいして年が変わらないのにやたらと年齢差を感じる。しかしそんなことを土方に悟られたりしたら馬鹿にされるに決まっているので、俺は溜め息を一つ吐いて前を行く土方に着いていった。 「お待ちしておりました、こちらになります」 受付のお姉さんは相変わらず顔を引きつらせながら出来あがった二つのブレスレットを手渡した。土方の黒いブレスレットには俺の名前が入っていて、俺の赤茶のブレスレットには土方の名前が入っている。 「へぇ……外来語なんだな」 「あぁ…これで銀時って読むのか…」 「お、ちょっとゆるい」 「なぁ銀時、俺の…つけてくれねぇか?」 「ん、ああ……腕貸しな」 「ん」 差し出された土方の左手掴み、着流しを肘辺りまで捲り上げて白い綺麗な腕を露わにする。そして男にしては若干細い手首に黒いブレスレットをパチリと付けた。 「よし、できた」 「…ぎん…ありがと」 へにゃりと微笑んだその瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。こいつが泣き虫なのは今始まったことじゃないが、俺がその泣き顔に弱いのも今始まったことじゃない。少し照れたようなその顔に此処で押し倒したくなるのを寸でのところで留めた。 「ほら、さっきの…何だっけ?スプラッチュなんちゃらに並ばなきゃならないんだろ?すぐ、泣かないの」 「………ん」 土方の目尻に溜まった涙を親指で掬い取ると、両手の荷物を右手に纏めて持ち替え土方の右手の荷物も自らの右手に抱える。そして空いた左手で同じく空いた土方の右手をきゅっと握りしめた。 「行くか」 「スプラッチュマウンテン……楽しみだな」 * スプラッチュマウンテンは何だか凄かった。他の客は服が濡れない様に様々な工夫をしていると言うのに、まさかこんなにビチョビチョになるなんて思っても見なかった上に一番先頭だった俺たちは全身ぐっしょりだ。パンツにまで水が染み込んでいて、夕方になり空がうっすらと紫色になり始めた今の時間は大層寒くて俺はブルリと身体を震わせた。 「さみぃな……これじゃ電車乗れねぇよ…」 「ぎんとき……今日のお前は王子様気分か?いや確かにお前は俺の王子様だけどな!」 「今度は何言ってんの…?」 「あそこ、行きたかったんだろ…?」 そう言う土方が指差す方角には馬鹿デカい城のような建物が煌びやかに輝いている。ねずみーらんどに最近出来たホテルらしい。 「ばーか。お前が行きたいだけだろ?言っとくけど銀さん金無いから。泊まりたいならお前が金だせよー」 「……え?泊まっても、いいのか?」 「何だよ行きたくねぇの?まあ別に俺はどっちでもいいけど…」 「……行く!行きたい!」 「分かった、分かったから引っ張んな。取り敢えず、どっちにしろこの格好じゃあんなとこ入れねぇからどっかで服買うぞ」 まずこの格好を何とかしなければならない。運良くここはねずみーらんどだ。キャラクター物を主な利益とするこのアミューズメントパークにはお土産屋に入ればそのキャラクターを生かした服が沢山売っていた。 水を滴らせた大の男二人が大量の荷物を抱え、手を繋いで入ってきたことにより店内は一瞬静かになる。しかし今更そんなの気にしていられる訳もなく、俺はビチャビチャと足音を起てながら適当に目に止まった派手な色した着流しと下着を二つずつ掴むとレジに直行した。 長いのできります |