三月、暦の上では春を向かえたとはいえ、暖房はまだ必需品で篭る空気を入れ替える為に開けている窓から吹き込む風は幾分か温かくはなったもののまだ少し冷たい。校庭の桜の木も蕾を揺らしている。 もうすぐ君と出逢って二度目の春が訪れる。 *** 一通りの数式を黒板に書き終えた俺はチョークを置き、ずり落ちてきた眼鏡をツイと持ち上げて風に揺れるカーテンの下でふわふわと揺れる銀髪に目を細めた。 窓際の一番後ろの席で今日も気持ちよさそうに寝息を起てているのは坂田銀時、俺の教え子の一人だ。特に勉強しているようには見えないのにテストがある度に貼り出される順位表の上位三十名の中には何故かいつも坂田銀時の名前があった。その上スポーツ万能、人付き合いも上手いし友達も多い。坂田の周りにはいつも沢山の生徒達が群がっていた。両親は海外に住んでいて、坂田はこの街で一際目を引く馬鹿デカいマンションに一人暮らしをしている。ただ、成績はいい癖に授業が欠席がちなせいで毎度進級の危機に面している。 そんな坂田だがしかし、何故か俺が受け持つ数学の授業だけは一度も欠席したことが無かった。自分で言うのも何だが、常に欠席しがちな坂田が真面目に出席する程面白い授業ではない筈だし、頭の良いあいつが好んで受ける程難しい授業内容ではないだろう。その証拠に坂田は授業を真面目に受けるでもなく、ましてやノートを取る訳でもない、ただジッと俺が板書していくのを見ているか、若しくは寝ているかのどちらかだった。 俺は少し、自惚れてみてもいいのだろうか。 *** 俺が坂田と出会ったのは去年の春のことだ。 初々しい制服に身を包んだ新入生の顔を横目に、同じく真新しいスーツに身を包み新任の教師として銀魂高校に配属された俺は大層緊張していた。終いには吐き気までしてくる始末で、シンと静まり返る体育館の空気に耐えきれなくなった俺は紅白の垂れ幕を掻き分けて外へと抜け出した。 体育館の裏口から外に出ると木の生い茂った中庭がある。校長の飼い犬のペスが住んでいる小さな犬小屋とよく手入れされた花壇、そして一際目を引く大きな桜の木。俺は一目見た時からこの中庭を気に入っていた。 気分を入れ替える為に落ちた桜の花びらでピンク色に染まったベンチまでやって来た俺は、傍らに立つ桜の木の下で妖精を見つけた。冗談を言っている訳ではない、その時は本当に妖精だと思ったんだ。 枝の間から差し込む光に反射してキラキラと輝く銀色の髪には所々に桜の花びらが散っていて、白い肌はその下を巡る血の流れまで見えそうな程透き通っている。俺は一瞬でその美しい生き物に釘付けになった。 通った鼻筋や長い睫をまじまじと観察していると、ぎゅっと瞑られた瞼がふるふると震え、やがて開かれた瞳は吸い込まれてしまいそうな真紅で、やっぱり妖精なのだろうかとその時は真剣に考えた。 「あんた、誰?」 しかし、俺を視界に映した瞬間に開かれた口から飛び出したのは紛れも無い日本語で、妖精どころか外国人でも無いようだ。 「…人間?てか日本人?」 「んなこたァ分かってんだよ!」 「いや、俺じゃなくてお前が」 「人間以外の何に見えんの?エイリアン?」 思わず呟いた俺に不機嫌そうに眉を顰める銀髪はよく見ればうちの制服を着ている。今まで気付かなかった自分がどうかしているのかも知れないが、少し大きめのクリーム色したセーターは緩い彼の雰囲気にとても合っている気がした。 「妖精、かと思ったんだよ」 「はァ!?」 「お前綺麗だから」 「ふーん?俺はあんたのがよっぽど綺麗だと思うけど?」 目を細めた銀髪の男の手が俺の頬に触れる。突然のことに俺はビクリと肩を揺らした。 「花びら」 「あ、ああ。さんきゅ」 「あんたさ、コレ伊達でしょ?」 頬に落ちてきた桜の花びらを摘み取った銀髪の男はそのままヒョイと俺の眼鏡を取り上げてしまう。 俺は人の目を見て話すのが苦手だ。 生まれながらのつり目で常に人を睨んでいるように見える自分の顔が嫌だった。教師という職業は生徒とのコミュニケーションが大事だ。だから俺は少しでも怖がられない為に目が悪い訳でもないのに眼鏡を掛けている。 そんな虚勢を張る為の道具を取られてしまった俺は何処を見て話せばいいのかも分からずにただ俯いた。 「眼鏡、掛けない方がいいよ」 苦笑しながら戻された眼鏡に視線を上げると、子供のように頭を撫でられてポカンと口を開けている俺を横目に銀髪は立ち上がる。 俺は反射的にそのセーターの裾を掴んでいた。 「ま、待て!お前…名前は?」 「人に尋ねる時は自分から、だろ?」 「…土方十四郎、今日からここの数学教師だ」 「へー…先生、ね。俺は二年の坂田銀時。クラスはその内分かんだろ」 「…坂田、銀時」 「あ、校長の話始まってる。早く戻った方がいいんじゃねぇの。土方センセ?」 「げっ!やべ、俺先戻るから。テメェも早く戻れよ!」 若干名残惜しい気もしたが、俺はそれを小さく頭を振ってその場を後にした。 そして数日後、初めての授業で俺は坂田銀時を発見することになる。 *** 「おいトシ、明日も仕事なんだからあんま呑み過ぎんなよ?」 「んー…分かってるって」 仕事を終え、俺は同僚で親友でもある近藤と駅前の居酒屋で呑んでいた。 大して酒が強くない俺は疲れていたせいもあってか、小一時間も経たない内に見事に出来上がってしまった。 「あいつはさ…なんで俺の授業だけちゃんと出るんだろうな」 「あいつって、坂田のことか?」 「んー」 近藤とは昔からの付き合いで俺の性癖も知っている。 元々高校の同級生だった近藤に自分の性癖を打ち明けた時は、それこそ紐無しバンジーをする位の覚悟だったが、それでも少しも引かず、寧ろ真摯に受け止めてくれて応援までしてくれる近藤は俺にとって唯一無二の親友と呼べる存在だ。銀魂高校に配属された去年の春からずっと坂田に想いを寄せていた俺にとって恋の悩みを打ち明けられる唯一の人間でもある。 「俺、少しは期待してもいいのかな?」 「坂田がまともに授業出てるのってトシの数学だけだろ?俺の体育でさえもあんま出ないしな。少なくとも嫌われてはいない筈だよな」 「でも、数学が好きなだけかも知れねぇし…」 「うだうだ言ってたって仕方ねぇよ!只な、行動しなきゃ何も始まらないんだぜ?」 そう言ってニカリと笑った近藤に俺も笑みを返した。 近藤は大学の時からずっと一人の女を追いかけ続けている。毎度ボコボコにされて帰ってくるのを宥めるのにも慣れたものだ。その度に「もっといい女がいる」と慰める俺に近藤は決まって「諦めなければいつか必ず報われる。俺はそう信じてるんだ」と笑って返した。俺はそんな近藤に苦笑しながらも、近藤の自分の気持ちに正直なところが好きだし、羨ましくも思う。 「そうだな、何もしないで終わるより自分が納得出来る結果の方がいいに決まってるよな」 「うんうん。頑張れトシ!俺は応援してるぞ」 満面の笑みで俺の頭をぐしゃぐしゃに掻き回す近藤に俺は苦笑してグラスに残っていた酒を一気に飲み干した。 *** 昨夜のことを思い出しながらも手はマニュアル通りに数式を記していく。 生徒達が板書をノートに写していくカリカリという耳あたりの良いシャープペンの音を聞きながら視線を坂田に移す。自然と坂田を視界に探してしまう自分に人知れず苦笑を零すと先程まで気持ちよさそうな寝息を起てていた坂田は、ダルそうな顔に見合った少し大きめのクリーム色のセーターからちょこっとはみ出した指先で唇を撫でながら、生徒達がノートを書き終えるのを待っている俺をただジッと見つめていた。 バチッと音がしそうな程に合った視線に俺は思わず焦ったように目を逸らす。 これはチャンスなのかもしれない。 授業に欠席がちな坂田がしかし俺の授業だけは欠席したことがない。たとえそれが一限であっても、坂田は眠い目を擦りながら出席する。頭の中では「行動しなきゃ何も始まらない」という近藤の言葉がリフレインしていた。俺はもう一度坂田の方に視線を向ける。絡まる視線、俺の口は自然と動いていた。 「坂田、お前放課後数学科準備室な」 「え?俺なんかしたっけ?」 「来れば分かるだろ。よし、今日の授業はここまで。ちゃんと復習してこいよ」 俺は白々しく驚く坂田から視線を外し、幸運にも鳴り始めたチャイムに何時ものように授業を締めくくり教室を後にした。 何事も無かったかのように大股で廊下を歩き、数学科準備室に入った途端に緊張の糸が解けその場にしゃがみ込んでしまう。 もう、引き返せない。 あの後授業の無かった俺はどう話を切り出すべきか、一人悶々と数学準備室で悩んでいた。 そもそも本当に坂田は来るのだろうか。壁に掛かった時計の短針は五を差していてシンと静まりかえった校舎にはオレンジ色の光が窓から差し込んでいる。あの坂田だ。呼び出されてもこない確率は高いだろう。其れでなくとも理由は告げていないし、身に覚えも無い筈だ。窓から見える夕日を眺めながらなかなか姿を現さない想い人に鬱々としていると、静まり返った室内にコンコンと控えめなノック音が響き、俺はビクリと肩を揺らした。 「…入れ」 「失礼しまーす」 震える声にガラリと開いた扉から気の無い返事をして視界を掠めた銀色は迷うことなく部屋に入って来た。 「遅かったな」 「んー、この位の時間のが先生も都合いいと思って」 それは俺が告白することを分かっているということだろうか。もし分かっていて来たのだとしたら、やっぱり俺は少し期待してもいいのだろうか。 「てかさ、先生ってホモなの?」 「え?」 「先生っていっつも俺のこと見てるよね。もしかして俺のことオカズにして抜いてたりとかすんの?」 心底おかしそうに笑う坂田に俺は頭を鈍器で殴られたような気分だった。言葉を発することが出来ない。苦しい、息が出来ない。 ああ、やっぱり最初から期待なんてするべきじゃなかったんだ。妙な期待なんてするからこんな目に遭う。分かっていた、筈なのに。 俺は教師で坂田は生徒で、それ以前に俺も坂田も男だ。上手くいくわけがない、でも… 「ああ、そうだよ悪いか?俺はお前をオカズにして突っ込まれる妄想して夜な夜なマス掻いてんだ。気持ち悪りぃだろ?でもな、案外女より具合いいかもしんねぇぞ?」 こんなこと言うつもりじゃなかった。好きだと告げて、温かい腕の中に抱き締めて欲しかった。一人の人間として俺のことを見て認めて欲しかった。 「なあ、一発ヤッてみねぇ?女なんかより百倍ヨくしてやっから、なァ?」 嘘だ、自信なんて微塵も無い。 確かに俺は同性愛者だ。いや、正確に言えばバイセクシュアルだろうか。現に俺は男と身体を繋げたことなど一度も無い。好きになる相手はノンケばかりだったが、周りから好奇の目で見られることを恐れていたからだ。女相手にセックスすることは可能だが身体だけの関係は虚しい、本当にただの性欲処理でしかない。だけど妄想の中で恋愛するのはいつも男だった。小説や漫画の世界のように想いを通わせ合って繋がるセックスに憧れていた。 それなのに、どうして。 俺は気を抜けばカクリと折れてしまいそうな膝を叱咤しながらカチャリと扉の鍵を閉めて、無言で俺を見つめる坂田の瞳から逃げるようにその身体をソファーに押し倒した。 坂田が本当に好きだ。だからせめて身体だけでもいいと思ってしまった。初めて自分から行動を起こしたんだ。望んだ結果にはならなかったけれど、一度で良いから心底惚れた相手と身体を繋げてみたかった。 「…ふーん、随分自信あんだね?じゃあ滅茶苦茶気持ち良くしろよな、男相手にしてやんだからさ」 嘲笑うかのように告げられる言葉にキリキリと痛む心臓を無視して俺は坂田のネクタイに手を掛ける。いつも緩めに締められているソレは指を差し込めば簡単に解けてしまった。学校指定の赤いネクタイを外した俺はそれで坂田の目元を覆って視界を奪った。 「男だって決定的な証拠さえ見なきゃお前もそこそこ気持ち良くなれんだろ?外すんじゃねぇぞ」 これで俺がどんなに醜い顔をしていても坂田はそれを見ないで済むだろう。 俺は甘い匂いのする坂田の首筋に顔を埋めてその匂いを胸一杯に吸い込んだ。 「先生はアブノーマルプレイが好きなんだ?」 「…少し、黙ってろ」 「へんたい」 耳元で囁かれる言葉に肌が粟立つ。快感なんかじゃない、これは嫌悪だ。 こんなことして変態と罵られる自分への嫌悪。 「…ッ…変、態か…上等じゃねぇか」 セーターの大きめのボタンを外し、その下のワイシャツのボタンも一つずつ外していく。指先が震えて上手く外せないのに徐々に露わになる白い肌に感じるのは紛れもない興奮だった。 「…っ、ちゅ…」 「まどろっこしいことしてないでさァ…さっさと舐めて?気持ち良くしてよ」 白い肌を筋肉の線に沿って口付けていた俺は髪を掴まれる痛みに顔を顰めながら夢物語から現実に引き戻される。そうだ、これはただの性欲処理なんだ。いつもと変わらない快感を求めるだけの行為。それ以上は求めちゃいけない、それでもいいと望んだのは自分なのだから。 俺は名残惜しい気持ちで白い肌から唇を離し、見慣れた制服の、しかし坂田が着ているだけでどこか輝いて見えるスラックスのチャックを下ろし、中からまだ何も反応を示していない坂田の一物を引き摺り出し、意を決して口に咥えた。 「ん、ぶ…んうぅ、じゅ…ふ…」 正直どうすればいいか分からない。知識は有っても実際に口淫をするのは初めてだからだ。ただひたすら愛しい男の一物をしゃぶってもソレは唾液塗れになるだけで勃ち上がる兆しすらみせない。それでも俺は諦めずに舌を絡ませ、自らのスラックスを膝まで下ろすと何の潤いも帯びていない後孔に中指を差し入れた。 「…ッ、い…うぅ」 初めて後孔に受け入れたのが己の指だとは笑いもんだ。あれだけ恋焦がれていた行為は快感を呼ぶどころか痛みと不快感しか湧かない。 俺は大して馴染んでもいない後孔に無理矢理二本目の人差し指を差し入れた。ミシッと肉の裂けるような音がしてピリピリとした痛みが走る。無理矢理差し入れたせいでどうやら後孔が裂けてしまったようだ。しかし、流れる少量の血液が指の動きを僅かにだがスムーズにする。 もういいだろう、どうせ快感なんて無い。折角心底惚れている奴と身体を繋げられるのだから、せめて痛みだけでも覚えておこう。 俺はふにゃふにゃなままの坂田の性器に大して慣らしてもいない後孔を押し当てた。 「…ッ、ふぅ…う、うぅ…く…」 しかし勃起していない一物が入る筈もなく、俺は堪えきれずに涙を零した。やっぱりこんな行為、虚しいだけだ。 「先生さ、馬鹿でしょ?」 突然掛かった坂田の言葉と目尻に溜まった涙を掬われる感触に俺は閉じていた瞳を坂田へと向ける。 「…ふぇ?」 「あ、その顔可愛い。勃ちそう」 坂田はネクタイを外していた。 俺は驚きの余り握っていた一物をポロリと離して、涙の溜まった瞳を丸くするしかない。 「そんな泣くまで我慢してさァ、なに?先生が欲しいのは身体だけ?」 「それは、だってお前が…」 「俺が何?先生のこと嫌いって言った?気持ち悪いって言った?」 俺の両頬を温かな掌で包み、捲し立てるように告げる坂田の瞳は真剣そのもので、目を逸らすことが出来ない。 「怖がるなよ、始める前に諦めるな」 「でも!だって、お前ノンケだし…やっぱり気持ち悪いだろ…?」 「…だから!気持ち悪いなんて一言も言ってねぇだろ!先生が求めてるのは、欲しいものは何だよ?それとも本当に俺とヤリたいだけ?」 「…ちがう」 そうだ、違う。やっぱり身体だけなんて無理だった。そこに想いがあるなら尚更、好きでいるだけでいいなんて有る訳ないんだ。どうしても愛されたいと願ってしまう。 「言ってみろよ。俺に、どうして欲しいの?」 「…俺は…」 「なぁ先生、逃げんなよ。行動しなきゃ何も始まらないんだぜ?」 坂田の言葉に昨夜の近藤の言葉が頭をよぎる。 行動しなきゃ始まらないと言った、だから俺は行動した。だけどそれは始まりへの一歩でしかなくて、まだ何も始まってなどいなかったのだ。 「俺は、抱き締めて欲しい」 「うん、それで?」 「好きだって、愛してるって言って欲しい」 「言えるじゃん」 嬉しそうに笑った坂田の顔が視界から消えて、突然の抱擁に俺は身動きが取れない。 「…ぅ、あ…え?」 「抱き締めて欲しいって言ったじゃん」 「言った、けど」 まさか本当にして貰えるとは思わなかった。鼻孔を擽る坂田独特の甘い香りに涙が溢れてくる。 「先生って結構泣き虫なんだな」 「うるせー…」 「なぁ先生?」 「なんだ」 「好きだよ」 「え?」 決して聞こえなかった訳ではないのに突然の告白を頭が理解出来ず、きっと端から見れば挙動不審な程動揺していた俺は眉を寄せて坂田を見上げることしか出来ない。 「ああ、愛してるも言わなきゃだっけ?」 「…は?」 「好きだって愛してるって言って欲しいんでしょ?」 余裕綽々な顔で額の髪を掻き上げられて露わになった額にちゅっと軽く唇を落とされる。確かに好きだとも愛してるとも言って欲しいとは言ったが、思ってもいないことを言って欲しかった訳じゃない。何だか自分の気持ちを馬鹿にされたような気がして、俺は悔しさから唇を噛みしめた。 「ふ、ぅ…く…ふ…」 「え、ちょ…ええ!?なんで泣くのー?」 坂田は困ったように眉を垂らして俺の目尻から零れる滴を拭っていく。 「だって、無理して言って欲しいなんて、思ってな…から…!」 「はああ?無理して言うことじゃないこと位先生にも分かんでしょーが」 「そう、なのか?」 「先生って先生の癖に本当に馬鹿だな…」 「うぅ…」 「俺は先生と初めて会ったあの日からずっと先生に惚れてるよ」 ポリポリと照れたように頬を掻く坂田に俺は開いた口が塞がらない。じゃあ初めから俺たちは両想いだったと云うことか。俺が坂田を想って毎晩枕を濡らしたあの日々はなんだったのだろう、急に馬鹿馬鹿しくさえ思えてきた。 「なあ、先生?」 「なんだ?」 ふぅ、と一つ溜め息を吐いて眉間の皺を解すように揉む。未だに坂田の腕の中に収まってはいるが緊張は大分解けて今では坂田の胸に頭を預ける程だ。 そんな俺を上から呼ぶ声がして、俺は釣られるように愛しい男を見上げる。 「キスして」 「キス?」 「そ、キス。これからは俺も言いたいことはハッキリ言うことにするから。だって先生にはハッキリ言わないと伝わらないだろ?」 ニヤリと男臭く笑う坂田に心臓がトクンと悲鳴を上げる。どうやら俺は坂田に心底惚れてしまっているようだ。 ちょんちょんと先を促す様に唇をつつかれて俺は反射的にその指をパクリと咥えた。 |