私と彼のお付き合いをしてると学年中で噂になっているらしい。2人でお弁当を食べている時にクラス代表(パシリともいう)半田が聞きに来たのでそれを知った。 私と彼は所謂腐れ縁だ。そう言えば私の目の前に座る彼は何も文句を言わない。当の半田はポカンとしたような安心したような顔でそのまま立ち去った。
「面白い噂が流れているね」 「面白いもんかよ、なんで俺とお前が付き合ってることになってんだ」 「…そりゃ異性同士がたまにと言ってもお弁当を一緒に食べていたり下校したりしていたら噂にもなるかもね」
中学生なんて年頃はそういうのが特に大好きだ。そう付け加えると彼はやけに納得した顔で再び大きなお弁当に箸をつけ始めた。
「君は私のことが嫌い?」 「なんでそうなったんだよ」 「いや、付き合ってないと言ったらやけに安心した顔をしたから、つい」 「…俺がわざわざ嫌いな奴と飯食うわけねーだろ」
箸の動きを止めずに彼は言った。なんだかそれに安心して私も止めていたのフォークを動かし始めた。
君の、そういう所好きだよ。 そう言ったら彼は笑いながら「俺もお前のそういう所、嫌いじゃねぇよ」と言った。
これが私と染岡竜吾の関係。
××
「名前!イタリアへのチーム入りが決まったんだ!」 「へぇ、おめでとう」 「反応薄すぎだろ」
そりゃニュースで散々可能性があるって話が上がっていたんだ、今更驚くなんてバカみたいだろう。そう告げれば彼はうっと言葉を詰まらせた。
「でも、本当は驚いてるし嬉しいよ。おめでとう、竜吾」 「おう!」
歯を見せて笑う彼は普段の大人らしい姿とは違い幼く見えてかわいいと思った。
高校生になろうが大学生になろうが、私と染岡竜吾との関係は対して変わらない。変わったことと言えばお互い名前で呼ぶようになったことと、勉強や練習が忙がしくても週に一回こうやって食事に行くことだ。今日は竜吾のリクエストで私の家で食事会。 それで付き合っていないなんて!と騒ぐ人たちもいるが私と彼はれっきとした友人だ、それ以上には絶対になれない。そりゃ一時期は竜吾となら付き合っても良いかななんて思ったりした。したけど、それはきっと私の周りに男の人がいなかったからだ。幻想を描いているだけ。それに竜吾は私のことなんて良い友達と思っている、絶対。
私ばかりこんなに悩んでいて、とてもバカみたいだ。彼の良い友達。ずっとそれで良いじゃないか、それ以上は望んじゃいけないんだから。だけど女という生き物はこんなにも優しく長い付き合いの異性がいると、それ以上を求めてしまう。
「君は呑気で良いね」 「あ?呑気じゃねーよ」 「いいや呑気だ…なんて言うだけ無駄だね。ところでいつからイタリアに行くの?」 「1ヶ月以内にはあっちのチームに合流するつまりだ」 「…そう」
1ヶ月以内に彼は私の傍からいなくなってしまうのか。小学校から一緒にいるもんだからうまく実感が涌かない。 置いていかないで、そんな女らしい言葉言えるはずがない。彼の夢がやっと叶ったんだ、それを邪魔なんかはしたくない。絶対に。
「名前は就職決まったのか」 「いくつか内定を貰えたところもあるけど、あまり行きたいところじゃないかな」 「…イタリアに一緒に来ないか?」
カシャン。 驚いて、いやもう本当に驚いて、持っていたフォークを床に落とした。落としたフォークを放置して目の前に座る彼の顔を見た、彼の表情は少し頬が染まってはいたがいつになく真剣で、それが冗談ではないことに気がつく。 あ、と一声出してみたが何を言えば良いのかさっぱり分からずそのまま無言になる。気まずい空気が室内に漂った。
「その、なんだ。俺たち小学生からの付き合いだろ、それでお前のいない生活が実感沸かなくて、よ」 「…竜吾は、私がいないとダメってこと?」 「なっ、それは大袈裟…でもないな」
そう言い終えると竜吾は頭を抱えて机に伏せた。全く、かっこいいんだかかっこわるいんだ中途半端な男だ。 私は彼に顔を見られないようにわざと今フォークを拾う動作に入り、そしてこう言う。
「…イタリアに行っても良いかな」 「お前本気で言ってるのかよ!」 「君は自分で誘っておいて何言ってるの…。丁度私も竜吾がいない生活が想像出来なかったところだったの」 「それ、は」 「全く君は本当に今更なことを聞いてくるね」
床のフォークを手に取り顔をやっと今上げる。椅子にきちんと座ると当たり前のように竜吾と目が合った。まじまじと私を見るその目に羞恥を感じながらコホンとひとつ咳払い。
「但し、私のこと幸せにしないと許さないから」
そんなの当たり前じゃねぇか。椅子から立ち上がってにやりと笑って私に手を伸ばす彼に嬉しくなって、私は目を閉じた。
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