※一緒に美術館をさ迷ってます



「私ね、ここから出たら何も思い出せなくっているかもしれないって思うの。だから、正直ここから出たくないわ」

イヴとメアリーを別れて、時間がたっても帰って来ないあの子たちに痺れを切らしたアタシたちは独自に探索を始めた。ここからみんなで脱出する方法を探すための。
資料から目を離さずに名前がふいにそう言ったのは、探索を始めて数十分たってからの出来事だった。

「え、縁起の悪いこと言うんじゃないわよ!」
「あ、ごめん」

アタシが叫んだのを聞いて、平然と彼女はそう言う。イヴとは違う肝の座り方をしてるわね、この子…。半分呆れながらも読み終わった資料を本棚に戻し、彼女に近づく。

「アタシはね、イヴとメアリーと名前と、一緒に外に出たいと思ってんの。嘘でも希望を捨てるようなことは言わないでちょうだい!」
「うん、ごめんね、ギャリー」

目を合わせながら謝罪をする彼女の頭を撫でて安心した。
例えそうだとしても、アタシは、名前を絶対に忘れたりなんかしない。


×


怪我をしていたらしい。イヴに言われて気がついた。逃げることに必死で気がつかなかったらしい。

「あら、ハンカチ?」

イヴは頷いてそのポケットから出したいかにも高そうな白いハンカチを差し出してくれた。幼い子の好意は無駄に出来ないとそれを受け取る。

「絆創膏いる?」

今度は名前。ポケットから出された絆創膏には可愛らしいお花が描かれていた。油性マジックで描いたであろうそれはきっと彼女が描いたものなのだろう。
なんだか微笑まして笑ってしまうと名前は不満そうに眉間をしかめていた。何故アタシが笑っているか、名前が不満そうなのか分からないイヴに絆創膏を見せてあげると彼女も笑った。
名前はもっと不満そうにしていたがしばらくして、まぁ良いかと笑って許してくれた。

これから外に出てもこの一時が続けば良いのに、そう思った。


×


「またねイヴ!」

母親に手を引かれるイヴに手を振るとイヴも微笑みながら手を振り替えしてくれた。さっきとは違い明るい美術館、アタシたちは元の世界に戻ってきたのだ。
だが、あの子は見当たらなかった。どこにいるの?アタシたちは3人であの世界を抜け出したのに。傷口についた下手くそな花が描かれた絆創膏を見たら目に涙が溜まってきた。周りから見たら奇妙なものだろう。
…あれ、あの子とは誰のことかしら。さっきで大切な人だと、美術館を巡り必死に探したあの子。忘れる程の人物だったのか、必死な探したあの子は。

「ほんと、下手くそなお花ね…」
「下手くそで悪かったわね」

ないと思った返答が返ってきて驚き、後ろを振り返る。そこにいたのは、紛れもなく、アタシの探していた脳内で靄の掛かり始めていたあの子の姿。

「あれ、なんで私声かけたんだろう…突然ごめんなさい、私の絆創膏と似ていたから…」
「謝る、ことはないわ、そう、名前」
「なんで私の名前…って、あれオカマ…」

そうだアンタはアタシを見てからの第一声が「オカマ」だったわね、つい先程の出来事のはずなのに何年も前の出来事に感じる。目に溜まった涙がどんどん頬を伝った。

「ちょ、ちょっと泣かないでよギャリー…え、やだギャリーって…あれ…」

名前がどんどんひきつった笑顔をし出す。やがて彼女はそのまま乾いた声で笑いだした。
そして少し冷静になるとここが美術館の真ん前だと思い出した、周りは異様な目でアタシたちを見ていた。それに耐えられなくもないけど、とりあえず名前を落ち着かせたい。彼女の左手を握ってその場から走り出す。もう薔薇も追い掛けてくる美術品もない、それなのに走っているのが可笑しくて可笑しくて。
チラリと彼女を見ると驚いてはいたが笑っていた。そしてそっと握り返される手をアタシはまた強く握り返した。この手は、もう一生離してやらないんだから、覚悟しなさい!



For.友人S
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