「#名字#さんじゃないか」

もはや日課である塾も終わって駅のホームへ立っていたら、背後から私を呼ぶ声がした。聞き覚えのあるその声に振り向けば、そこにはクラスメイトである冴渡くんが立っていた。
学校以外で会うことは珍しいので心底驚いた。サッカー部のジャージを着て部活用のエナメルバッグを持っているのを見たところ、練習試合の帰りか何かなのだろうか。

「今日は、ホーリーロード決勝だったから観戦しに行ってきたんだ。今はその帰り」
「ホーリーロードって、サッカー大会の?」
「そう、雷門が優勝したよ」

雷門と言えば、以前冴渡くんが率いるサッカー部と練習試合をしたチームだ。確か、あの試合は栄都が勝ったはず。
ちょうどお互いの乗る電車がやってきて、乗り込み2人並んで席に座る。車両には私たち以外誰もいなかった。

「…僕は、どうしたら良いのだろう」
「それはどういう意味?」
「少年サッカー法第5条を知っているかい?」
「サッカーは平等であるべきだ、だったかな」
「大分省かれているけど合っているいるよ。まあ、今日フィフスセクターが解散したから時期にそれも無くなるだろうけどね」

それには随分驚いた。サッカーを管理…関わりのない私にはよく分からないけどそういう組織がいきなり解散したのだ、驚くのは仕方ないだろう。大きくニュースにも取り上げられているだろうけど、私は塾で勉強していたからそれを知らない。
驚くような仕草を見せた私に苦笑して、冴渡くん俯いた。
ガタンゴトンと電車は揺れながら次の駅を目指すために走り続ける。誰もいない車両に無言の私たち。電車の揺れだけが耳にこびりつく。

「冴渡くんは、サッカー好き?」
「…内申を上げるための手段だと思っていたけど、今はどうかな。僕にも分からない」
「それを探すためにサッカーを続けるのも良いんじゃないかな。私はサッカーのことよく分からないけど、そう思う」
「#名字#さん…」
「私、一度だけ練習試合見たことあるよ。みんなに指示を出す冴渡くん、すごくかっこよかったし輝いて見えた」

冴渡くんの方を向いてそう言えば、彼は驚いたように口を開けた後吹き出すように笑い出した。彼がこんな笑い方をするのは初めて見た。

「さ、冴渡くん?」
「いやごめん、君が余りにも素直に言ってくれるから面白くて」
「え、え」
「別にからかっているつもりはないよ。十分嬉しいし吹っ切れたと思う」

笑って出たであろう目尻の涙を指で拭いながら、目を細めて微笑む冴渡くん。と同時に彼は席を立ち上がる。どうやら彼の最寄り駅にそろそろ着くらしい。アナウンスがそう言っていた。

「それじゃあ、また月曜日」
「うん」
「…ああ、それと」

私の座っていた席のすぐ隣のドアが開くと同時に冴渡くんは立ち止まった。彼を見上げ首を傾げて、どうしたのと言おうとした。それを彼は私の耳元に口を近付けて妨害した。え、なに。

「男子に“かっこよかった”なんて易々と言わないことをおすすめするよ。…僕みたいに期待してしまう奴が出てくるし、何より僕が嫌だからね」

くす、と笑いながら彼は電車を出る。意味に気が付いて、私は更に顔を真っ赤にさせるのだった。



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