「名前、名前、そろそろ閉店時間だ」
いつもの端から二番目のカウンター席、私の特等席で気持ち良くうとうとしていたところで、マスターに肩を軽く叩かれ起こされる。やだ、もうそんな時間なの?身体を起こして時計を見れば、閉店時間5分前。確か私がブルーキャッツに入ったのは夕方頃だったはず。辺りを見渡せば客は一人もいない、と言ってもここは元々客の少ない店だからそんなことは珍しくない。 しかし何故こんな時間まで起こしてくれなかったんだ、目覚まし代わりにすっかり冷えたコーヒーを飲みながらマスターを見る。元々苦いコーヒーは、冷えたことによって苦味が増していた。
「もう一杯ぐらい飲んでいくか、サービスするぞ」 「ううん、平気。帰りますよ」
つれないな、と苦笑するマスターを横目に鞄を手にして立ち上がる。会計を済まそうとレジスターの前に行こうとしたところで、足が進まなくなる。正確にはマスターにカウンター越しから腕を掴まれたことによって、だけど。
「マスター、どうしたの」
笑ってそう言えば、マスターの近づいてくる顔。ふわりと漂う嫌いな煙草の香りに眉を潜めれば、そこで止まるマスターの動き。
「お客さんに、手を出さない」 「時計をよく見ろ、もう閉店時間は過ぎたぞ」
マスターの指差す時計を見上げれば、ぎりぎり閉店時間を過ぎていた。たった、たったの1、2分だけど。
「ずるい」
そう呟いた唇は今度こそマスターに塞がれる。カウンター越しだから、少しキツい体制だけどマスターは全く気にしていないようだ。 それにしても口の中はさっき飲んだコーヒーと、彼の煙草の味で最悪。頬を膨らませ不満を言うと彼は笑いながら誤魔化す。この野郎、と今度は私から。カウンターに手を着き、精一杯背伸びしてキスしてやるの。マスターの唇まで、あと5p。細めた視界に映ったのは楽しげに笑うマスター、いや檜山蓮を顔だった。
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