全て夢だった。そう言ってしまえば傷付くことも期待することもなかった。なのに、この手はギンちゃんの温もりを覚えているから。 ギンちゃんとあの場所で別れて早くも一週間が経ってしまった。一週間、何も考えなかったわけではない。はじめの何日かは泣いてばかりだった。しかし次の何日かには泣いても帰ってこないことを知って。そして今はどうしたらまたギンちゃんと会えるかを考えてばかりいる。しかし、何度考えても答えは一緒。 (またギンちゃんに会うには、私が死ぬしかない。) 「…んで…のだ…!!」 「…っせえ!……」 「…朽木さん?黒崎くん?」 遠くから聞こえた声は確かに二人の声だった。声のした方へ静かに向かってみるとそこには言い争いをする二人が向かい合っていた。しかし、私は次の瞬間目を見開いた。二人の格好、ギンちゃんと一緒だ―――。私は走って彼らに駆け寄り、此方を振り向いた朽木さんの服を掴んだ。 「な、!!楢橋!?」 「っ、朽木さんお願いです!!私を、ギンちゃんのところへ連れて行ってください!!」 「市丸隊長は、というか、何が起こったのだ?」 「ギンちゃんが、千尋ちゃんと一緒に、あっちに帰っちゃった…」 「千尋?千尋って、まさか」 「二番隊は抜かりないなあ」 「…五月蝿い」 「誉め言葉なんに。それに上司に向かってそらないやろ」 「アンタが運良く隊長になれただけでしょ」 「なんや相変わらずキツいなあ」 「そりゃ一週間もアンタと一緒にいたらイライラだってするわよ」 そんな日常的な会話が牢屋の檻を挟んで行われていた。監視役の千尋はボクの顔を見る度に苛ついているようで。千尋はボクの霊術院での同期生で学生の頃から仲が良かった。卒業後はボクは藍染隊長のとこ、千尋は砕蜂隊長のところへと入隊し、後に彼女は二番隊の第一分隊刑軍の部隊長となることとなり、そしてボクが捕まえられるというオチである。それはさておき、そろそろこの檻から脱出したいのは山々なんだけれども今脱出したところで千尋と争いになるのは確実であろう。しかし色んな意味で厄介な千尋と戦いたくはない。 「愚かよね。人間を好きになるなんて駄目に決まってるでしょ。重罪よ重罪。知ってたくせに。愛し合うなんて人間を殺すようなものと同じよ」 「なんや、柚子のこと心配してくれたん?おおきに」 「バッカじゃないの?…どうして、あの子なのよ」 「千尋、もしかしてまだボクのこと好きなん?」 冗談で言ったつもりだったのに、眉間に皺を寄せて、悪かったわね!と叫び彼女は顔を背けた。千尋から霊術院生のときに一度告白を受けたのだが、彼女は友達にしか見えず断ったのだった。まさかの返事に会話が途絶える。 「藍染隊長のおかげで牢に入れられるだけで済んだんだからね」 「それ何日?」 「十日」 「あと三日…」 「あと、もうその人間には会わないって約束でね」 「…やっぱりな」 「柚子が死んだら会えるわよ。良かったわね」 その台詞を聞いて檻を握りしめる手に力が入った。柚子に会えない。それは覚悟の上だった。最後だと、そう知っていたのに、ボクは柚子の声に振り向かなかった。いや、振り向けなかった。彼女を泣かせたボクに、声をかける資格なんてないから。 もし“彼女がこっちに来ても”、彼女はボクのことは覚えていない。ああ、藍染隊長は昔から人の気持ちも知らないで残酷なことをする。 「だから、あのとき私の刀であの子を刺せば良かったのに」 「…ボクと会った記憶を奪えば、ってことか」 「なんなら、今すぐアンタの柚子との記憶を消してもいいわよ」 そう言ってニコニコ笑う千尋。彼女と戦うと面倒なのだ。彼女の刀の能力は、記憶を奪う。それも、都合のいいように。 「そんなん、余計なお世話や」 「優しさって言って欲しいわね。ああ暇だわ」 はあ、と千尋が溜め息を吐いた。せやな。忘れたいわ、ボクも。 あのとき。柚子がボクの名前を泣きながら呼んでいたことを。ボクの袖を掴んだ柚子の手を振り払ったことを。 ボクが、彼女を泣かせた全てを。 残らない跡 けれど、忘れたくない。彼女を初めて見たあの日を。一緒にいた温もりを。彼女と出会ったことを。 111206 |