よく晴れた日の昼過ぎ。授業中にうたた寝をしていると、いきなり窓から強い風が入ってきた。


「ただいま、柚子」




小指を裏切る約束




イヅルがとうとう過労で寝込み、仕事が二倍になったボクは誰も頼ることさえ出来ず、一人黙々と多分一生分ってくらいの仕事を全部こなした。こんなにも頑張れたのはきっと、頭の中であの子が泣いていたから。


「イヅルさん大丈夫でしょうか」
「四番隊に放ってきたわ、柚子遅なってごめんな」
「いえ。私は、ギンちゃんが急いでこっちに来てくれただけありがたいです」


微笑んだ柚子は天使のようだった。きっと寂しくて泣いたはずなのに、柚子はわがままを言わない。柚子の家に着き、上がると昔と変わらない廊下や壁、部屋の風景が目に飛び込んで来た。言うなれば、昔とは違い、柚子が一人で住むこの家は柚子にとって少し広すぎるということだろうか。



「柚子?」


家中を見て回った後、柚子の部屋に向かうと柚子は制服を着たままベットですやすやと寝息を立てていた。――ボクが帰ってきて安心したのだろうか。


「…生きたかった、な」


小さい頃、ボクは道路に飛び出した柚子を庇って車に轢かれ、命を落とした。だけど、こんな自分でも大切な人を守れたということが凄く嬉しくて。良かった、と息を引き取る前に呟いた言葉がまさか彼女を苦しめていたなんて思いもしなかった。


「風邪引くで、柚子」


布を柚子に掛けてやると天使のような柚子の寝顔に思わず見取れてしまった。もし、あの時命を落とさなかったとしたら、ボクは柚子のもっとすぐ傍に居れたのだろうか。髪を撫でてやるとくすぐったそうに身体が動いた。



「…!」


柚子の頬に触れたのと同時に、ふと感じた霊圧に身体が揺れる。


「…千尋…?」



ボクは柚子をそのまま寝かせ、踵を翻し、外へと出た。確かにあれは千尋の霊圧。どうして彼女がこっちに。


「…ギン、ちゃん。行かないで…」



夢の中でさえ涙を流す柚子を知らないボクは何と愚かだったのだろう。ずっと傍にいるって約束したのに、また約束を破ってしまうことになるとは。



そして初めてボクは後悔した。柚子とあのとき、出会わなければ良かったと。柚子を傷付けてしまうだけなら柚子のことを思い出さなければ良かったと。



110813


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