うっすらと目を開けると、私は白い部屋に横たわっていた。不随意ながらに震える手をゆっくりと天井に向けて掲げる。あの頃の手とは全く違うしわしわになったその手が何だかおかしくて笑みがこぼれた。いつもそばにいてくれた彼は年を取らず、私ばかりが年老いて、会いたくない時期が一度だけあった。こんな姿を見られたくない、だからもうここに来ないでください。彼にそう告げると、「本当は年老いたボクが隣におるはずなんやけどなぁ」なんておかしそうに、そして切なげにつぶやいて私を抱きしめるから涙が溢れて止まらなかった。柚子は柚子やろ、と耳元で囁く彼の言葉に、なんて自分は愚かだったんだろうと思った。彼が見ているのは年老いた女性ではない。柚子なのだと、私はどうして忘れてしまっていたのだろう。ううん、きっとこれが年を取るってことなんだろう。


そして、この長い旅もようやく終わりを告げる。掲げた手を体の横に下ろして私は静かに目を閉じた。ピッ、ピッとリズムを刻んでいた機械音が激しいものへと変わる。ドアが開く音、バタバタとたくさんの足音、私の名前を大声で呼ぶ声、ツンとした薬の匂い。体がだんだんとふわふわして軽くなってきた。


「柚子」


鮮明に聞こえた声が聞こえて、私はゆっくり目を開ける。先程までベッドに横たわっていた私は、いつの間にか地面に立っていた。さきほどと違うことと言ったら胸に鎖が付いていること、そしてあの頃の、少女のような白い手。


「…終わったのですね」


誰に問いかけるわけでもなく、私は呟いた。彼に助けてもらった命を最期まで無駄にすることはなく、私は生きたんだ。ぎゅっと後ろから手を握られ、私は振り返る。


「迎えに来たで、柚子」
「…ありがとうございます、ギンちゃん」


私は手を引かれ、彼の胸におさまった。あの頃とひとつも変わらない彼が、私を迎えに来てくれていた。向こうの世界にいけば、私はきっとギンちゃんの記憶を失くしてしまう。また会えるかなんてわからない。それでも、これから私は彼の生きる世界でずっと生きていける。その中できっといつか、彼は私をみつけてくれるだろう。


「ギンちゃん、私、ずっと待ってますね」
「待つ時間もないくらいに、すぐ柚子を見つけたるからな」
「はい、信じています」



彼が刀を抜き、私は静かに目を閉じる。そして、トン、と彼に刀の柄で額を軽く突かれて私はこの世から去った。彼に伝えたかったことは山ほどある。だけどそれは、あちらで彼に会って、思いだしてから伝えようと思う。



20141101




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