「…なんやえらい長くかかったなあ」
「大切なお話でしたから」
「ふぅん」



廊下に出てすぐ、ギンちゃんは少し離れた縁側に座って庭に植えられている柿の木を見ていた。ゆっくりとその隣に静かに座ると彼は拗ねているのかそれ以上話を続ける素振りを見せない。かさかさと風で木の葉が擦れ合って揺れる音。鳥の鳴く声。誰かが廊下を歩く足音。耳を澄ませば彼の心音まで聞こえてきそうな、そんな静けさが漂った。



「…ギンちゃんは、私が死んだら私ではないと思いますか?」
「いきなり何を言うかと思えば…」
「あの時、私はギンちゃんに、救われた命を大切にすると言って人間として生きる決断をしました。だけど気付いたんです。…本当は怖いんです。ギンちゃんの記憶が無くなることが…」


此方へ来る際に記憶を失ってしまうことを花太郎さんから聞いていた。だからこそ恐ろしかった。ギンちゃんの傍に行けるはずなのに、そうじゃない。この想いを全て忘れてしまったことで二度とギンちゃんを好きになれなかったら。私が私ではなくなって、二度と貴方に愛してもらえなかったら。



「ボクはボクで、柚子は柚子や。忘れたらまた思い出せばいい話。それに、嫌でもボクが思い出させたるから安心しい」



暗い顔をした私を包むような優しい声でそう言った後、手を引かれ私はギンちゃんの胸に引き寄せられた。そして大きな手が落ち着かせるように頭を撫でる。どうしてだろう。ギンちゃんなら私が何処にいても本当に見つけ出してくれそうな、そんな気がするのだから。



「…私はこれからも精一杯人間として生きます。これからも生きて生きて、大人になってお婆ちゃんになってそれから此方に来たときに、頑張ったなって、待ってたって、またこんな風に抱きしめてくれますか?」
「うん、絶対。約束する」



クスンと鼻を啜るとギンちゃんは心配したのか私の顔を覗き込んだ。その瞬間、私は彼の頬にキスを落とした。いきなりの不意打ちに驚き顔を赤らめる彼の表情が可笑しくて、これ以上になく愛おしかった。




呼吸を忘れて君を見た



130402


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