「どうして逃げる必要があるんですか?」
「え?」



それは待っていた答えの中で、思ってもみなかった答えだった。ボクらが一緒にいるためには逃げることしか出来ないのに。しかし柚子はきょとんとした表情を浮かべたまま首を傾げている。まさか意味が分かっていないのか。


「あ、あんな、柚子。人間に手を出した死神は罰を受けるし人間を愛することなんか赦されてへん。何故なら死ぬ予定の無かった人間を殺すことになるからや」
「でもギンちゃんは私を殺してませんし私は死んでません」
「いや、やからな、」
「死神と人間が一緒にいれないなんておかしいです。私、一番偉い人に会って抗議します!」



一体何が起きているか分からない。どうして柚子はこんなに現実から拒否しようとするのだろう。逃げることなど、しても意味ないことなのに。逃げようって言ったのも半分冗談のつもりではあったけれど、柚子が望むなら逃亡だってしたはずだ。しかし考えてもみなかった答えを突き付けられて動揺している自分がいる。目の前で堂々とした表情を浮かべる女の子は本当に柚子だろうか。


立ち上がろうとした柚子の肩を掴み無理やり落ち着かせようとするが彼女も劣らず肩に置かれたボクの手を引き剥がそうとする。



「柚子!落ち着き!会いに行くだけ無駄足やで!」
「ギンちゃんは、逃げることでしか私と一緒にいれないと思っているのですか!それとも、逃げようと言ったのも口任せですか!?」
「柚子、…」


「私は嫌です。私が恐れるのは、二度とギンちゃんに会えなくなるということです。だから私はこっちに来ました。その場しのぎの愛など要りません。償いでも責任でもない。私はギンちゃんとずっと一緒にいたいんです」


立ち上がる素振りを見せていた柚子の身体は既に落ち着いていた。しかし手元を見るとぎゅっと強く拳が握られている。


「…死神と人間だからと私達が一線を引いたら何もかも終わりです。それは諦めです。…私は好きな方と二度も別れるなんて嫌です。ギンちゃんは、違いますか…?」



向けられた視線。その目には覚悟が見えた。丸くて潤んだいつもの柚子の瞳ではない、他の誰かのような。泣いてばかりだった柚子がこんなにも強くなったのか。胸が熱くなったのを感じた瞬間、彼女の身体を抱き寄せ、ぎゅっと強く抱きしめて初めて気付いたのは身体が微かに震えているということ。彼女も耐えられなかったのかボクの羽織を弱く握った。



「行こか、総隊長はんのとこ」
「認めてもらうまで一歩も動かず、頭を下げていましょうね」
「はは、そんなんやったら嫌でも認めてくれはるはずやで」



「ギンちゃん、離れないでください」
「大丈夫や。ずっとそばにおるよ」




最後のお願いひとつだけ




ただ、繋ぎあった手が離れませんように。



120820


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