記憶を消したのはもう彼女に迷惑をかけたくなかったから。彼女の記憶を消して欲しいと頼んだのは互いに何もなかったことにしたかったから。彼女には未来を歩んで欲しかったから。




「堪忍な」




彼女は少し驚いたような表情を浮かべたかと思いきや顔を歪めて今にも泣きそうに涙をこらえている。その顔が可愛くて、愛しくて笑みが零れてしまう。本当に小さい頃と変わってない。そんな愛しい彼女に酷いことをしてしまったボクは、もう彼女の隣にはいる資格などあるはずもない。



「藍染はんが言ってたことは、半分本当や」
「え、」
「ボクは、自分から頼んで千尋に記憶を消してもらった。やけどそれは、柚子にもう会えないなら忘れてしまった方がええって、無かったことにしようって…ごめん、自己満や」



情けなかった。ボクはただ忘れることばかりを考えていた。彼女が誰かの隣で笑えてたら、幸せだったら本望だと、その隣の相手が自分がないことが悔しいながらも願っていた。だけど彼女は会いに来てくれた。傷付くことも恐れずに、ただボクに会いに。



「…だとしたら、こっちに無理やり来たのは私の自己満足です。だからおあいこ。ギンちゃんが私のことを忘れた本当の理由が知れたから私は良かったです。今はただ、会えて良かった、」



情けなさに俯いていた顔を上げると彼女は大粒の涙をポロポロと丸い瞳から落としていた。怖かっただろう。悲しかっただろう。全てを我慢してたものが弾けて涙になって流れていくようで、とても綺麗だった。親指の腹で彼女の涙を拭うと彼女は泣き止んでくすぐったそうに笑った。




「柚子、二人でどっか逃げようか」



シンと静まり返った部屋に響く。ふと思い浮かんだことを口に出して言ってみた。彼女は何て言うだろう。分かったと言ってくれるのか、はたまたそんなこと出来るわけないと言うだろうか。


出来るわけがない。それが本当は正解だ。だけどボクを信じて一緒に逃げてくれるというのならボクは世界の果てまでも君と逃げられる気がする。馬鹿らしいと思っただろうか。だけどボクは彼女と一緒にいられるだけでいい。死神と人間が少しでも交わることが出来るのならその可能性に賭けたいから。


彼女は少し驚いた顔を浮かべた後にゆっくり口を開いた。




隣にひそむ愛の行方



120820


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -