「やっぱり来てたんだ」
「ち、ひろちゃん…!」


後ろを振り返ると部屋の入口に立っている千尋ちゃんの姿があった。その顔に笑顔はない。当たり前だ。千尋ちゃんにとって大切な人が私に傷付けられたのだから。迫り来るような霊圧というものに私は固唾を飲んだ。



「私があっちに送り返してあげる」
「っ、!


千尋ちゃんは瞬歩を使ったのか気付いた時には私の目の前に現れて刀を振りかぶっていた。ギンちゃんから離れた私は、避けようとして体勢を崩し再び床に滑り転んだ。


「千尋!!」
「ギンは黙ってて!!…大丈夫。殺しはしない」


止めようとしたギンちゃんに背中を向けたままそう言い放ち、私に向かって千尋ちゃんは再び刀を大きく振り上げた。しかし振り下ろした瞬間に間一髪、私はくるりと横に避け彼女の刀は床に刺さった。


「ちっ!」
「ひ、っ!」
「千尋何してん!相手は人間や!」
「うるさい!!黙っててって言ったでしょ!!」



その一瞬の隙をついて私は慌てて立ち上がり、すかさず部屋の入口を出て彼女から遠く離れようと全力で走った。しかし彼女が私に追いつけないわけがない。一瞬にして瞬歩で正面に現れた彼女に、ぐいっと胸倉を掴まれそのまま凄い力で思いっきり床に打ちつけられた。



「!痛っ…、!」
「大人しくすればこんな痛い思いをしなくて済んだのに本当に馬鹿ね。…ギンの記憶、今度こそ消させてもらうから。この刀は刺しても痛くないから安心していいわよ」




「それにね、貴女を刺すのは私の意志じゃないわ。――ギン本人が貴女の記憶を消して欲しいって言ったのよ。良かったわね、好きな人のお願いを最後に聞けて」



私に馬乗りになり耳元に顔を近付けてそう言った後に彼女は刀を私の胸に向かってゆっくり下ろしていく。いや、ゆっくりに見えたのかもしれない。床に打ちつけられたときに頭を打ったのか意識が朦朧としてよく分からない。うっすらと開けていた目を閉じて胸に刀が刺さるのを待った。しかし言われた通り全く痛みは感じない。こんな風にあっさりと全てが終わってしまうとは。



そしてポタ、ポタと液体が顔に落ちるような感覚がしたのが最後だ。それは千尋ちゃんの涙だったのかもしれない。終止符を打った喜びの涙。しかし重い目蓋は再び開くことなく私は意識を失った。




君の残したもの全て




120806


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