「あの、離していただけませんか?」
「君は侵入者だから見過ごすわけにはいかないね」



目を覚ますと、私は椅子に座っていた。術を掛けられているのか手を後ろで縛られ自由に動かすことは出来ない。そして目の前にはギンちゃんと同じ白い羽織りを着て、茶髪で眼鏡をかけた男の人が笑みを浮かべて此方を見ていた。



「しかし驚いたよ。霊圧を感じさせないとはね。ちょうど散歩してて見つけたから良かったけれど」
「離して、」
「君は何者なんだい?」
「わ、私はただの人間で、此方には訳あって来ただけですっ!」
「訳とは?」
「…言えません、」



なるほどと言った後にその人はピンッと指で弾く仕草をした。すると術が解けたのか、後ろで縛られていた両手が自由になり動かせるようになった。どうやら悪い人ではない、らしい。



「それで、訳を聞かせて欲しいんだが」
「…会いたい人がいます」
「…ほう」


それから私をじっと見つめて口を閉ざしたままのその人にゆっくり首を傾げると、なるほどねと笑って小さく頷いた。



「必死に頑張っている君に、一つ意地悪をしようかな」
「意地悪?」
「どうして人間が亡くなってこっちに来るときに記憶がなくなるのか考えたことあるかい?」


ドクンと脈打つ心臓。考えたことがないわけじゃなかった。何故ならもし私が此方の世界へ来るときに記憶がなくなるということは、その時既に彼を愛してないということ。じゃあ何の為にわざわざ記憶が無くなるのかと考えたときに導き出された答えに私は蓋をしたのだ。彼を信じたかったから。




「っいや、」
「何だ、気付いてたのか。賢いな。そのとおりだよ」



私は両方の耳を手で塞いだが、それを拒むようにその人は私の腕を掴み強制的に聞かされることとなる。



「なんてことはない。此方へ来た者はもう人間だったときの者とは別人だからだよ」



意味ない誰かを愛した証



120421


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