いつからだろう。まるで私達と同じで生きているかのように、黒い着物を着て刀を持った人や、胸に鎖が付いている人が道端を歩いているのが見えるようになったのは。それは何故か他のみんなには見えていないらしく、所謂“幽霊”というものだろうと思う。だけど見えるようになったからといって怖いとは思わず、これでギンちゃんを見つけられるかもしれないと思うと逆に嬉しかった。 この日までは。 「はぁ、っは、!」 暗い路地。光る電灯も少なく、何も見えない。だけど私は今、宛てもなく走ることしか出来なかった。後ろから追ってくる仮面をつけた大きい化物から逃げることしか。 「な、にあれ…!?」 建物の隙間に入り、上がった息を整える。頬を伝う涙を拭うことさえ忘れ、カタカタと震える手で抑えるのは先ほど背後から攻撃された左腕。右の手の平で感じるぬるりとした感触と鉄の匂いが気持ち悪い。痛いか、痛くないかなんて全く分からない。ただ襲うのは、初めて見たあの物体への恐怖心のみ。 そして早くも私を見つけた化物は凄い音を立てて建物を壊しながら広くなった隙間を通り、私に近づいてくる。 「た、…すけて…誰か…、」 頭では逃げなければ、と分かっているのに足が動かない。終に、化物は私に向かって腕を大きく振り上げた。 「ギンちゃん、助けて、っ!」 「射殺せ 神鎗」 スッと後ろから伸びた手が、私の視界を素早く塞ぎ、まるで引き寄せるように私の身体は強く引っ張られた。その体温の温かさと声に安心したのか、私は誰か分からないその人の胸に凭れるようにして、ふと意識を手放した。微かに聞こえるのは、心音だけ。 人と触れ合ったのは何時の日以来だろう。人の手が、こんなに温かいものだったなんて。 「大丈夫や、柚子」 温かさを感じたのは、きっとあの日が最後で最期だ。あの日から私は空になった。それは思い出したくない、だけど忘れてはいけない遠い記憶。 過去に置いてきた未来 意識が無くなる手前。私の頭を優しく撫でるその手が、何故か懐かしく愛しく思えた。 100223 |