「んっ、市丸隊長…、」
「…あかん」
「え?」
「キミ、もう要らんよ」


さすがにその子が隊長であるボクの頬を打つということは無かったけれど、キッと睨んで廊下を走って自室から出て行った。ボクも頭を掻きながら部屋から出ると廊下には女の子の背中を追うように、振り返って見ているイヅルが立っていた。ボクが立っていることに気付いたのか、此方を見る。


「なんですか、さっきの方は」
「あの子はボクの3番目の女の子」
「一昨日は1番目、昨日は2番目、明日は4番目ですか」
「残念。さっきの子で最後や」


イヅルも座り、と縁側に腰を下ろした。陽射しが暖かい。イヅルはあまり乗り気ではなさそうに渋々ボクの隣に座った。


「隊長、どうかしたんですか」
「ん?」
「あの子達、隊長が気に入っていた子達でしたよね。一体何故あのようなことを…彼女、泣いていましたが」
「…なんでやろ。ボクにも分からん」


自分のことなのに、と思うかもしれないが本当に理由は分からない。ただ抱ければいいとだけ思っていた女の子は山ほどいたのに、あの子に会ったあの日から、そんなことがつまらないことに思えて仕方なかった。そしてもうひとつ。現世へ行く度にあの子を目で探している自分がいた。時々、あの軒下に行くこともあったけれど、其処に彼女はいない。また会えると決まったわけじゃなかったと分かっていたけれど、胸が締め付けられるように痛い。なんやろう、これ。


「あ、そういや」
「はい」
「人間に触っても、何もならへんかったよ」
「え…」
「やから普通にほっぺにちゅーしてもうた」


嬉しそうに話すボクとは裏腹に、ボクを見るイヅルの顔は青く青ざめていた。そして少し震えながら、振り絞ったような小さい声で言う。



「あれほど触れてはいけないと申し上げたのに…!」
「でも何もならんかったし―――」
「当たり前です!それは直ぐにという意味であって、段々と見えるようになるんです!今頃はもう既に見えるようになってますよ!!」
「え…?」
「早くしないと虚がいつ彼女を襲ってもおかしくない…!今から現世に要請を…っ、隊長!?」



ボクはそれを聞き終える前に、瞬歩でイヅルの隣を離れて一人現世へと急いで向かった。もし彼女が襲われて、それで死ぬようなことがあったらボクのせいだ。



「、ギンちゃん」



あの日、彼女はボクの名前を呼んだ。それがボクのことでも、そうじゃなくてもそんなことどうでもよかった。ただ、彼女が寂しそうに名前を呼ぶのが、とても悲しくて。だからこれ以上悲しい思いはさせたくない。生きているときの記憶がとても大切なものだと、今では失ってしまったボクが一番よく分かっている。だから、彼女の記憶を奪うことだけはしたくない。こっちの世界に来るようなことは、させたくない。



「ギンちゃん、―――」
「っ、!」



手のひらにあいた宇宙を探そう



後悔なんて生温い。きっとすがりついて謝っても足りない。君を守れるかなんてまだ分からない。だけど、君の声が聞こえた気がした。



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