「うわあ、降り出しよった」


今日は何をしてもついていない日だった。イヅルから逃げられんかったし、無理矢理イヅルに現世に連れてこられるし、いきなり虚と戦わされるし、終わってふらりと歩いていたらイヅルを見失うし、雨は降ってくるし。仕方ないから潰れた店の小さい軒下で雨宿りをしようとして入ると、そこには黒い長髪で前髪を揃え、目をぱっちりとさせた女の子がいて、その隣にボクは立った。


「君、名前なんて言うん?」


美人とか綺麗とか、そういう子じゃなかったけれど、何故か隣の彼女が気になって仕方なかった。しかし期待した返事は返ってこないのは勿論、此方を見向きもしない。当たり前だ。彼女からボクは見えるはずがないのだから。当たり前なのに、何故かとても悲しい。


「絶対、人間に触れてはいけませんよ」


現世に来る度にイヅルが必ずボクに言う台詞。霊圧に当てられた人間は、ボク達が見えるだけなら未だしも、虚までも見えるようになり逆に狙われてしまうという。そんなことがあってはいけないとイヅルはボクにいつも言い聞かせていたけれど、ボクはそれをいつも聞き流していた。触れたいほど、話しかけたいほどの人間がいるわけがない。今まで、そう思っていた。この時までは。


「ボクの名前は市丸ギンや。キミも雨宿りしとるん?」
「…」
「ボクな、会いたい人間がおるんよ」
「…」
「でももう百数年経っとる言うんやから人間死んどるやろ?やから無理って言われたんやけど」
「…」
「そんなこと、あらへんよな。その子もボクのこと忘れてなかったら絶対会えるはずなんや。な、キミもそう思うやろ?」




「、ギンちゃん」



一瞬、時間が止まる。聞き間違えたのだろうか。いや、確かにこの子は細々した愛らしい声でボクの名前を呼んだ。けれど、その子は空を見てそう言ったから、きっとボクのことは見えていないしボクのことを呼んでない、他の誰かだろう。ボクの名前を呼んだのは偶然だろうか。空を見るといつの間にか雨は止んでいて、御天道さんが顔を出して地面を照らしていた。


「此方で100年経っているとしても彼方では数年しか経っていないという意味です」


「人間には死神が見えませんし、事実無理な話です」



イヅルから言われた二つの言葉が頭の中で回り続ける。希望か絶望か。ボクを知ってる子は、もしかしたらこの子かもしれないとも思ってしまう。全て冗談、冗談のはずだったのに。



「また、会おうな」



少ししゃがんで彼女の白い頬に軽くキスを落とした。しかし、彼女はそれすらも気付かない様子だったから、ほら大丈夫。イヅルの嘘つきだって思った。そして彼女はボクに背中を向けて、ゆっくり歩いて離れていく。



終わらない世界で夢を見る



本当は、取り返しのつかない軽率な行為をしてしまったと、馬鹿なボクは気付くことさえ出来なかった。



100216
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