名前を、呼ばれた気がした。



ぴたりと足を止めて鞄を見た後に、しまったと思った。鞄の中には先程書いた日誌が入っており、職員室に届けるのを忘れていたのを思い出したのだ。気付かなければよかったのに、仕方ない。振り返り足を再び学校へと進めると、更に不運なことに空からはポタポタと雨が降り始め、段々と強くなっていく。今日の天気予報は晴れだった為、勿論傘は持っていない。私は仕方なく近くの軒下に入り雨宿りをすることにした。


「酷い雨…」


鞄に手を入れて中に入っていたハンカチを探そうとしたその次の瞬間、私の手はピタッと止まった。雨、軒下、雨宿り。前にも、同じようなことがあった気がする。でもその時はとても悲しくて、泣き出しそうだった。だけど何故その時泣きそうだったかさえ、記憶に白い霧がかかっているように思い出せない。ハンカチで拭おうと濡れた左の頬にふと触れた次の瞬間、どこからともなく黒い着物に白い羽織を身に纏った人が軒下に入り、私の隣に立った。その人の髪の美しさや、着ている服はとてもこの世の物とは思えず、少し怖くなって私は俯いた。


「酷い雨や」
「…」
「…あの時、ボクがあんなことしなかったら、こんなことにはならんかったのかもな」
「…」
「ごめんな、謝ってばっかりやな。…ほんま、ごめん」


その人はそう小さく呟いて俯いた。こんな雨が降る日に、誰かを失ったのだろうか。何か声を掛けた方がいいのかもしれないが頭が真っ白で何も思い浮かばない。前にも、こんな天気の日に、



「ごめん、柚子」



冷たく、空気のような手がふわりと私の頬に触れ、その人は私に背を向けて去って行く。そして何故か私の胸は騒ぎだした。待って、行かないで、離れたくない。私は貴方を失いたくないの。



「もう、迷うなよ」



朽木さんの台詞が頭を過ったと同時に私は軒下を離れ雨が降る世界に飛び込み、その人の背中に手を伸ばした。迷わない。たとえ何度傷付くことがあったとしても、誰からも認められない想いだとしても、決して許されない恋だとしても、この想いを失うことの方が、私には耐えられないと知ったから。




「ギンちゃんっ!!」




貴方が此方を振り返って、私の手をとってくれるなら、何も隠さず過去のことを全てを正直に伝えよう。それからだ。この気持ちを伝えるのは。もう逃げるのは、やめた。



輝く明日へ想うこと




振り返り、私を抱きしめてくれた彼は、温かかった。



101202
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