ギンちゃんは私との記憶を失ってしまったけれど、それ以外は何も変わらない。優しくて、私の名前を何度も呼んでくれる。だけど時々、それが少し悲しくなる。きっと私のことを妹のように思っているギンちゃんに対して、私はギンちゃんと再会したあの日から、小さい頃とは少し違う感情でしかギンちゃんを見れなくなっていた。だって小さい頃はこんな風に胸が五月蝿くなることなんてなかったから。


「ギンちゃーん」


結局、ギンちゃんの隊に少しだけ居候することになった私はギンちゃんを探して陽射しが照る廊下を歩いていた。いつもは名前を呼べば、すぐに私のところに来てくれていたのに、今日は来る気配がない。そして曲がり角を曲がったとき、ある光景が視界に映った。


「あ、ギン…ち、っ!」


咄嗟に私は柱の影に隠れて手で口を覆い、ギンちゃんの名前を呼ぶのを止めた。一瞬見えたあの人は間違いなくギンちゃん。だけどギンちゃんと仲良く話している蜜色の綺麗な髪をした大人っぽい女の人は私の知らない人。私の世界はやっぱり独りだと感じて胸が痛む。だって私はギンちゃんのあんな顔を見たことないから。ギンちゃんとあの人はもしかして、



「好きや」



手で口を押さえたまま、ぐっと息を飲んだ。どくんどくん、と大きく心臓が脈打ってはぎゅっと絞められたように痛くなる。私はギンちゃんに好きって言われたことがないから羨ましい。それに、もしギンちゃんが私に対して好きと言ったとしても、それはきっと違う意味だと思うから、あの人が羨ましくて、何だか悔しい。悔しいけれど、けれどあの人はギンちゃんにぴったりだから何も言えない。私はこうしてひっそりと会話を聞くことしか出来ない。


来た廊下をそっと静かに戻ってその場から離れた。ギンちゃんに好きだと、特別に好きだと言われるにはどうしたらいい。あの人とギンちゃんが幸せになればいいなんて今の私にはそんな余裕はとても無いし、冗談でも思えない。



私の傍にいてくれるなんて勘違いしてた。貴方が嘘でもずっと一緒だって言ってくれて嬉しかった。充分ではないか。温かさを思い出させてくれた。短い間だったけど幸せだった。此処は彼の世界であって私がいてはいけない世界だ。彼に会えただけで良かったのに。



指先からほつれる



「好きだよ、ギンちゃん」



私はいつから、こんなにわがままになってしまったのだろう。



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