目が覚めると、私はまるでおとぎ話に出てくるようなお屋敷に寝ていて、着ていた服は最近見えるようになったあの黒い着物を着た人と同じものを着させられていた。ぶかぶかの着物を引きずりながら襖を開け、とりあえず廊下を歩き、誰かに会うことにした。 一体私は今、何処にいるのだろう。何も思い出せないし、こんなお屋敷があるところなんて心当たりもない。あの時助けてくれたの人は誰なのだろう。だけどあの時聞いた声に記憶はない、はず。しばらく俯き考えながら廊下を歩き、角を曲がろうとしたそのとき、何かにドンッとぶつかり、私は廊下に尻餅をついた。 「いたた…」 「だ、大丈夫ですか!?」 「あ、!わ、わたしこそすみませ「あれ?あなたは…」 「え?」 「じゃあここは、人間が死んだらくる世界であなた達は死神ってことですか」 「ご理解が早くて助かります」 縁側に二人で座り此処のことを詳しく聞いたが、何もかもが空想話のようだった。しかも話をしてくれる彼が死神だというイメージは微塵もないくらい彼はとても優しい顔をしていたから、この話は本当か少し疑問に思ったほどだった。 「じゃあ、私は死んだってことですか」 「いえ、貴女はまだ生きてますよ。ボク四番隊っていう治療専門の隊に所属してるんですけど、市丸隊長が貴女を抱き抱えて現世から戻ってきたんです。それで治療を行った、という具合です」 「治療…」 そういえば左腕が痛くない。着物を捲って腕を見てみると先日負った傷が跡形もなく嘘のように治っていた。 「その市丸隊長っていうのは…?」 「三番隊の方です。とても気さくな方で…でも三番隊をまとめているのはある意味吉良副隊長じゃないですかね」 何故その彼は私なんかを助けてくれたのだろう。あのとき後ろから私を抱き寄せてくれたのも市丸さん、という人なのだろうか。分からないことばっかりで頭が痛い。 「…あの、私、小さい頃に大切な人を失ったんです。今でも会いたい。言いたいことをまだ私は伝えられてないんです。だけど、此処にいれば会えますか?」 「そうですね…無理とは言えませんが二つ問題があるんです。一つ目に、ここは現世全ての世界から魂魄が集まってきます。その人がこの瀞霊廷の外である流魂街にいるとしたら、範囲は広くなりとても難しいです」 「それに…会えたとしても、現世から此方に送られて来る際、現世での記憶を失います。自分の名前ぐらいは覚えているかもしれませんが、仮にその方が貴女を覚えている可能性は…ゼロに等しいです」 「…そう、ですか」 それを聞いて視線を地面に落とした。やはり会えないのだろうか。悲しい。だけどこっちの世界がこんなにも綺麗なところで、暗い世界じゃなくて本当によかった。ギンちゃんに会いたかったけれど、こっちがこんなに素敵な場所だと分かったからそれだけで充分だ。 「色々とありがとうございます、えっと…」 「あ、ボク山田花太郎って言います」 「花太郎さん、素敵な名前です。私は―――」 「見、つけたっ、!!」 ふわふわと吹いていた風が、まるでその声に反応したかのように、いきなりザァと強く吹いて私はぎゅっと目を閉じた。風の音に紛れて、声が聞こえる。 「市丸隊長!大丈夫ですか!?」 「んなわけあらへんやろ!どんだけ必死になって彼女を探したと思とるんや!」 「ギャアア!すみません!」 まさか、と思った。私はこの声を知らない。なのに何故だか懐かしい。きっとこの瞳を開いたら、彼がいるんじゃないだろうかとさえ思ってしまう。会いたいけれど、怖い。だけど私はさっきの花太郎さんの言葉を思い出した。一緒にいた頃の記憶を失っている。それを利用して少しだけ、少しだけあなたの傍にいて夢を見ても、いいかなあ。 風が止みゆっくり目を開けていくと、黒い着物の上から白い羽織を着た人が目の前にうっすら見え始めた。 「どないしたん?」 「、ギンちゃあん、」 「え、わ!泣かんといて!」 私はこの綺麗な銀髪を知っている。私を慰めるために頭を優しく撫でてくれるこの温かい手を知っている。私に向けたこの笑顔を知っている。会えた。会いに来てくれたんだ。 「名前、なんて言うん?」 「柚子、楢橋柚子です。」 「柚子か。ええ名前や。ボクは市丸ギン。よろしゅうな」 崩れそうな未来の約束 自分が少しでも幸せになるために真実を隠して貴方に近付いたことを、記憶がない貴方は許してくれるかな 100317 |