僕がここに来てから早いもので、もう一週間が経つ。はじめて会ったのはしっかりしていそうな女性だった。真っ直ぐに僕を見つめるその瞳が怖くて、でも初対面だし笑顔は作らなくてはいけない気もして、なんだか笑顔になりきれていない笑みを浮かべたような気がする。

――……久米正雄です。小説家で、劇作家。これから、お世話になります。 

 そう頭を下げると彼女は少し慌てながら「そんな、こちらこそ」と頭をへこへこ下げた。……なんとなく。その時、なんとなく、もしかしたら彼女は僕に似ているのかもしれない、なんておこがましくも考えてしまった。
 それから分かったことは、彼女の名前が田中幸子であること、この図書館の司書さんであること、そして錬金術師であるということだった。







 僕がここに来たとき、既に芥川くんはいた。なるべくなら会わずにいたくて、そうなると自然と彼を避けるようになっていった。
 例えば食堂で彼を見つけたら、視界から芥川くんを外すようにじいとお盆に乗せられている料理を見つめた。廊下ですれ違ったらさっと視線を落とした。潜書で同じ会派になったときは生き地獄だった。芥川くんは僕より強くて、それは僕より先にいたから当たり前なのだけれど、そこでも圧倒的な"差"を見せつけられる。やめてくれ、もう僕を比べないでくれ! そう言っても叫んでも声を震わせても、僕はとことん誰かと比べられるのだから嫌になる。


「久米先生、ちょっといいですか?」


 田中さんの声ではっと我に返る。にこり微笑みながら彼女は僕を見つめた。咄嗟に、なにか怒らせるようなことをしてしまっただろうかと考え、申し訳なくなった。もしかしたら潜書中に足手まといになっていることを言われるのかもしれない。まだ書いていない分の報告書提出の締め切りが近いのかも(ここに来て早々僕は会派筆頭という役目を仰せつかった)。昨日会ったのに挨拶をしてくれなかったのはなぜかと聞かれるのか、それとも芥川くんとの仲のことだろうか。ぐるぐる頭の中で考えていると「お願いしたいことがありまして」と田中さんは続けた。

「助手をやってはいただけませんか?」
「僕が助手を?」

 びっくりしてしばらく思考が止まる。助手。助手。つまり、田中さんの身辺の手伝いをするということだろうか。でもなぜ僕が? ここには来たばかりで、正直まだ分からないことが多い。分からない。なぜ助手を僕にやらせるのか。彼女の考えていることが。

「嫌でしたか?」
「……いえ、やらせてください」

 しまった。ちょっと、間が空いてしまった。これじゃあまるで、僕が嫌々やっているようじゃないか。今のは違うんです、と口を開こうとするが一足遅かった。

「ごめんなさい。ありがとうございます」

 田中さんはちょっと困ったように笑った。笑って、そう言った。ごめんなさい。ありがとうございます。彼女、に、謝らせて、しまっ、た。貴女が謝ることは何も。喉元まで出かかった言葉は田中さんの「それでは後で司書室のほうにいらして下さいね」と言う言葉に遮られてしまった。僕も僕で、そうなると、もう、僕は黙って頷くよりなかった。



180213.