寒さのあまり目覚めたのは久しぶりだった。布団を被ったまま、ベッドから窓を除くと辺り一面銀世界で、なるほど道理で寒いわけだと合点がついた。
欠伸を噛み締めて、ハンガーにつるさっている服に手を伸ばす。どんなに寒かろうが雪が降っていようが、今日から図書館は通常業務なのだ。先日政府から送られてきた白本の潜書もしないといけないし、それに合わせて会派編成も……。それに加えて図書館の業務。……考えただけで吐き気がしてきた。新年早々こんなことで大丈夫なのか。服を着替え、化粧もして、司書室を出るとピンクの帽子がにゅっと飛び出た。

「わっ!」
「、ぅわひぃっ?!」

へ、へんな声出た……! へんな声出た……!! どきどきしながら目線を下に下げると新美先生がいらした。またやられた。元来驚きやすいわたしは彼にとって恰好の狙い目なのだろう。何かにつけてこういう風に驚かせてくる(江戸川先生曰くわたしは「古典的な驚かせ方でも驚く今時珍しいタイプ」らしい)。「苗字さん、おはよう」とはにかむ新美先生はかわいらしい。とても中身が成人済みだとは思えない。

「あっ。いた! 南吉っ、苗字さんっ」

これまたかわいらしい声でぱたぱたと駆け寄ってきたのは宮沢先生である。「おはようございます、宮沢先生」「おはよう、苗字さん」宮沢先生の屈託のない笑顔はまるで幼子のそれである。いやはやしかし、失礼ながら二人とも成人しておられるとは思えない。

「ね、ね! 外! 雪積もってるの!」
「積もってましたね」

今朝窓から見た景色を思い出す。「だからね、」と宮沢先生は目を輝かせた。なんだろう、嫌な予感がする。


「雪合戦、しようよ!」


妙に乗り気の宮沢先生と張り切っておられる新美先生に手を引かれ中庭に来てしまった。図書館の業務があるんですが、とせめてもの抵抗をすれば「今日は午後からだって館長さん言ってたよ!」と宮沢先生がにこにこしながら教えてくれた。館長……、そういうことは先生じゃなくてわたしに言って下さい……。

「……やっぱり、わたしはいい」

かな、と最後まで言うより先に視界が真っ白になる。冷たい。そう思ったと同時に、ぐらりと足元がよろけた。次の瞬間、なんとも情けないことにドタン、と大きな音を響かせ倒れてしまった。い、一体なにが起きたんだ……? 頭の中に疑問符をいっぱい浮かべていると「ヤベッ」と言う太宰先生の声で大体のことは把握した。「何しとんねん太宰クン!」「あーあ。苗字大丈夫か?」……どうやら三羽烏の残り二羽にもわたしの無様な恰好を見られていたらしい。恥ずかしいったらありゃしない。

「苗字さん大丈夫?」
「手、貸すよ」
「あ、ありがとう……、ございます」

小さい子に本気で心配されてしまった……。倒れたわたしを心配そうに見下ろす宮沢先生、優しく手を差し伸べてくれる新美先生の二人をぼんやり見つめる。

「悪い、苗字。大丈夫か?」
「大丈夫です」
「太宰クン、ちゃんと投げんと」
「うるせえ! 久々にやったんだよ!!」

駆け寄って来た太宰先生にへらりと笑ってみせる。新美先生の手を握り返すと精いっぱいの力で引き起こされた。うーん、お節食べすぎたかな。なんて考えていると「太宰さん、気をつけてよねっ」と宮沢先生がぷりぷり怒っていた。かわいらしい。

「いや、雪見たら雪合戦したくなって……、つい……」
「……」

雪国出身の先生方の思考回路どうなってるの。呆然としていると「僕たちも雪合戦するんだよ。ね、苗字さん」「え゛」しまった。心の声が。「そうなのか?」とわたしを見やる太宰先生。いやいや、まさかそんな、そんな。するわけない。困ったなあと新美先生と宮沢先生に視線を落せばお二方はやっぱりにこにこ笑いながらわたしを見つめる。その瞳の純真さたるや。で、できない。わたしにはこんな小さい子のお願いを断ることなんてできない……!

「そ、……、……、そうですね。少しくらいなら、まあ……」
「ほんとっ? やったー!」

きゃっきゃとはしゃぐお二方を見るとこれでよかったのだと思う。 それにしてもまさかこの歳で子どもに混ざって雪合戦をすることになろうとは。

「僕と南吉は同じチームだからねっ。苗字さん、勝負だよっ!」
「…………」

……まじか。あの、無頼派のお三方、見てないで助けてくれませんかね。


20180111.