「…っ、富松作兵衛先輩!」

 午前までの晴れ渡った青空に雲がかかり、海のように青く澄んだ空は雲間からうっすらと覗いているだけのある日の午後。
 二年ろ組学級委員長である東陽介は三年ろ組用具委員の富松作兵衛に決闘を申し出るように緊迫した表情で声をかけた。
 未だにずきずきと痛む肋はほぼ完治してはいるがあまり激しい運動はしてはいけないと左近を始めとした保健委員会の面々に念を押されていたのを思い出し、少しだけ息を吐くと、きょとんとした表情で振り返った作兵衛に再び息を詰めた。

「どうしたんだ?」

小さく首を傾げ陽介を見つめる作兵衛に、陽介はごくりと息を飲めば素早く地面に膝をつき、両手を前に落とし額が地面につくのではないかというほどに頭を下げれば、陽介は滅多に出さない悲痛の混じった大きな声を上げる。その間およそ5秒。流石忍たま。

「すいませんでした!あの馬鹿のせいで富松先輩にお怪我を負わせてしまい本当に申し訳ありません!あの馬鹿にはよく言い聞かせます!もし何ならあの馬鹿を殴っても構いません!ぼくたちが許可します!寧ろ担任が許可しました!」
「…えっ?は?」
「富松先輩が殴れないと言うのであれば代わりにぼくと久作が力の限り殴って、今左近が調合中のなんか変な液体を再び注射します!」
「い、意味がわからないぞ!取り敢えず注射は止めてやれ!」
「し、しかし…!」

何故陽介がこうも謝り続けるのか意味はわからないが、注射と云うのは恐らくあの謎の液体のことだろう。あれは左門と三之助が数馬を怒らせた際に一度だけ注射しているのを見て、二度と数馬を怒らせてはいけないと三年に印象付けた恐ろしい液体。流石にあの液体を注射されるのは可哀想だ。下手をしたら記憶障害を起こし兼ねない。
作兵衛なりの、可愛いげの無い二年への唯一の同情である。

「……、」

そろりと視線を他に向けると一年生の制服が木陰でがさりと動き、近くの岩影では同じ三年の萌葱色の制服がこそこそと作兵衛へ非難めいた視線を寄越し、ちらほらと見える先輩たちはどうしたものかと心配そうに眉を下げ、何処か作兵衛を咎めるような目をする。

「(なんだってんだよ、全く。)」

目の前の二年生は確かろ組の学級委員長で、自身と馬が合わない池田三郎次と大変仲の良い二年にしては生意気さは少ない比較的温厚な生徒であったと記憶している。
何度か池田やその他二年と仲良さげに話しているのを見たし、自身が世話を焼いている次屋三之助の直属の後輩である時友四郎兵衛と特別仲が良かったではないかと思い出す。
少なからずとも自身の知っている東陽介はこのように土下座をするような人間でも、況してや友人を売るにも等しい行動を取るような人間ではない筈だった。

「…と、富松先輩?」
「あ?ああ、もういいから立てよ。汚れちまうぞ。」
「は、はい。」

おろおろとした動作で立ち上がる陽介に作兵衛はもう一度溜め息を吐き委員会の後輩に向けるような、と意識した柔らかい笑顔を向けて口を開いた。

「俺は全然気にしてねえから気にすんな。それに俺も池田に怪我させただろ?」
「富松、先輩…。」
「お前が気にすることねえって。」
「…っ!!」

普段あまり仲のよろしくない三年生と二年生ではあるが、其れは若さ故の行動でもあり、生意気な二年生を上手く交わせない三年生と、三年生に憧れを持ちながらも素直になれない天の邪鬼が通常運転な二年生、この二つに原因があった。しかし、基本的に両者共に仲良くしたいと云う願望も少なからずあり、素直な二年生には優しく接するし、優しい三年生には割りと素直なのだ。
陽介のバヤイ基本的に四年生以外には素直であるため素直に作兵衛に謝れるし、作兵衛もまた三年生の中では常識があり後輩は全般的に好きなので陽介に笑顔を向けられるのだ。
全ては二人が割りと苦労をしている故に折りなった出来事なのである。

「…ぼ、ぼく、富松先輩を怖いだけの先輩と思っていましたが違うのですね!」
「当たり前だ!」
「誤解してしまってすいません。」
「…まあ、いいか。」

いつの間にか先程までの何処かぎすぎすした雰囲気は無くなり、ふわふわとほんのり柔らかい空気がその場に流れていた。

「…でも、三郎次の件は本当にごめんなさい。」
「だからもう気にすんな。」
「悪い奴じゃあないんですよ?少し口と手が早いだけで、きっと本当は富松先輩に憧れているんです!だから、だから、嫌わないであげてください…!」
「ん?」
「三郎次は、二年の中でもかなり天の邪鬼で、よく富松先輩に噛み付いてますが、この前は富松先輩は強いって言っていましたし、多分久々知先輩の次に富松先輩を「陽介!!!」

ガツンっ!

「ったぁぁ!!!」

大きな声を上げ頭を擦る陽介の後ろには顔を真っ赤にさせ肩を震わせる三郎次の姿。陽介は痛みに涙を浮かべながら振り返ると、三郎次を視界に捉えげっ、としたように顔を歪める。

「なにしてるんだよ!」
「なにって、謝ってるの!」
「余計な真似すんな!」
「ぼくは先生から頼まれたの!」
「はあ!?」

更に顔を歪める三郎次に陽介はうっと声を詰まらせる。作兵衛は急な展開におろおろとした様子で二人を見つめているだけだ。

「三郎次ってばいつも富松先輩に謝りもしないで、先生が心配したの!」
「意味わかんねえよ!」
「わかりなよ!三郎次はい組でしょ!?」
「それとこれとは関係ねぇだろ!」
「関係ある!」
「ない!」
「ある!」
「ないってば!」

何時までも平行線な二人の会話に作兵衛は頭を抱えた。作兵衛自身もまだまだ未熟ではあるが、この二人は更に未熟だ。お互いが理不尽な会話をしていて、それに気付いているのかいないのかはわからないが、聞いているこちらとしては矛盾だらかの会話に笑いさえ浮かぶ。
はあ、と溜め息を吐いて未だに言い争う二人の肩を掴んで離し口を開く。

「二人ともやめねぇか!お前等が言い争ってどうすんだよ!」

作兵衛の言葉にはっとしたように息を飲む二人に作兵衛は漸く安堵した。
しゅん、と眉を下げ申し訳なさそうに俯く陽介と罰が悪そうに視線をあちらこちらにさ迷わせる三郎次。急に場が静まった。

「おれのことはもういいから。」
「……はい。」

意気消沈を見事に表した声で返す陽介に三郎次は顔を上げゆっくりと口を開いた。

「…この前は、すいませんでした。」

そう言うや否や三郎次は陽介の手を引き足早にその場を去ろうとする。陽介は口元に緩い笑みを浮かべ振り返り作兵衛に頭を下げれば三郎次に並び歩き出した。
一人残された作兵衛は目をきょとんと瞬かせるも暫くすると一つ息を吐くと首を傾げ可笑しそうに言葉を紡いだ。

「…まあいいか。」





これが噂の
あれが所謂ツンデレ?


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