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「さあ、始めよう」
兄貴は剣を鞘から抜いた。細身のその刃を撫でると、火を纏う大剣に姿を変えた。
「……やるしかないのか」
俺も、腰に差した剣を抜く。同じように刃を撫で、その身に炎を纏わせた。
剣を両手で持った兄貴が腰下で構えを作った。俺は剣を背負うような構えを作る。
一瞬の沈黙の後、ほとんど同時に俺たちは地面を蹴った。がきん、がきんと大きな音を立て剣がぶつかり合う。
師匠の下で学んだすべてを出し切るかのように、俺たちは次々にイフリート流の技を繰り出した。俺が突き、切り上げ、切り下げの順に剣を打ち、4打目を打とうと後ろに下がった時だった。
「ぐっ……!」
兄貴の突きが、俺の肩をかすめた。びりっとしびれるような痛みが肩口から広がってくる。
「貴様のその癖は、いつまでも直らないな」
ふっと兄貴は笑ったように見えた。
「兄貴は、何でも分かるんだな」
「そうでもないさ」
俺は何度も兄貴にぶつかっていく。どんな型の組み合わせでも、兄貴には剣先一つ当たらない。俺ばかりが傷を受け、荒廃した大地には赤黒い染みが幾つも出来ていた。
「どうしたフレイム。その程度で俺に勝とうと思っているのか」
「……兄貴、どうしてなんだ。どうして俺たちは争わなきゃならないんだ!」
「詮無いことを。事象に理由をつけたがるのも、貴様の悪い癖だ」
「……っ」
このままでは、負けてしまう。剣戟だけでは勝てない。
兄貴を捕えるためにも、とにかく間合いを詰めなくては。
俺は跳躍した。大きな動きで回転切りを仕掛け、兄貴に接近して蹴り技を繰り出すために。
兄貴はそれすら見切っていたかのように、軽い身のこなしで剣を振り、俺の蹴りを簡単に防いで見せた。
「それでも俺には届かない。本気になってみせろ」
兄貴の攻撃は激しさを増した。こちらは攻撃どころか、防ぐことすらままならない。
「貴様の力はそんなものか。ふん、イリスを守るだなんて、聞いて呆れる」
「な、にっ……?」
「サイは間違いなくイリスを殺すだろうよ。貴様は俺に負け、女一人護る事も出来ず死んでいくのだ」
「イリスは……イリスはやらせない!」
俺の中で何かが弾けた。剣に伝わる力が増し、俺の体には炎が巻き付いた。
「それでこそだ。かかってこい」
俺は慟哭し、剣を横に構え、兄貴の剣に向かって思い切り薙ぎ払った。兄貴はそれを受けたものの、受け止めきれずに体勢を崩す。この隙は逃がせない。
一度後ろに飛び、再度同じ攻撃を繰り出した。
「本気になったか。だが、まだだな」
兄貴も俺と同じように、その身に火の龍を纏わせ、剣戟を繰り出した。一撃一撃が重く、剣圧だけで熱風が生まれ、剣を持つ手が痺れて行く。お互いに傷を負わせてはいるものの、同じ型の動き同士で、決着は付きそうになかった。
兄貴の額にも汗が浮かび、確かな疲労が見て取れる。
しかし、間違いなく、俺が押されていた。
「教えてくれ、兄貴、どうして兄貴が、あんな男に……」
「俺は試してみたかっただけだ。お前と俺、どちらが強いのか。そのために世界がどうなろうが、俺の知ったことではない」
兄貴の口布はとうに落ち、その口元があらわになっている。兄貴はいっそ、悲壮ともいえる決意を浮かべていた。
俺は、出立の時の師匠の言葉を思い出していた。
「次で、決めるよ、兄貴」
「ああ。全ての力を持って、俺に挑んでくるがいい。俺もそれを、全身全霊で受け止めよう」
「イフリート流剣術炎の型奥義、【真紅】」
「イフリート流剣術炎の型奥義……、【紅蓮】!」
茜染めにわずかな黄みを帯びた炎が、兄貴の剣に帯びる。
俺の剣には、鮮やかな赤の炎が纏いつく。
俺たちは同時に跳躍した。
一撃。一撃に全てを込める。もうそこには小細工なんていらない。ただ剣と剣を打ち付け、力と力をぶつけ合うのだ。
剣と剣が咬み合う激しい音が空気をつんざいたのと同時に、大きな炎が、俺たちを包み込んだ。俺も兄貴も弾かれて、地面に強くたたきつけられる。酷い痛みが体中を襲った。
周囲にも火が飛び、荒れた大地に硝煙が立ち込めた。
その煙が晴れた時、俺の目に映ったのは、力なく横たわる兄貴の姿だった。
「兄貴ッ!」
俺は崩折れた兄貴に駆け寄った。
兄貴は、微笑んでいた。
「ふ、ふ。強くなったな、フレイム」
「兄貴の方が……っ、何倍も強い、」
「だが、俺は、負け、た」
どくりどくりと溢れ出る血潮。止めなければ。慌てて傷口に翳した手を、兄貴のそれが止めた。
「いい、んだ。これで、良いんだ」
「けど、兄貴ッ……」
「俺、は。ただ、――試してみたかった。それだけ、なんだよ」
「全く、困った一番弟子じゃのう」
突如眼前へ現れた師匠は、くすくすと笑っていた。兄貴の頬をぺちりと叩いて、そして俺の目をまっすぐに見つめた。
「フレイム、よく聞け。わしら四大の力は、シェード出現はおろか、人間憑依すら止められんほど衰えていた。その上、命ともいうべき配下を亡くしては、もう存在を保つことすらままならん」
「な、」
「みな、この結末を覚悟しておった。是迄わしは何万年も、世界を眺めて生きてきた。世界はな、フレイム。どうあろうと美しいものよ」
師匠の身体が、足からすうっと消えていく。兄貴を見下ろし、師匠はいつもと変わらずころりと笑った。
「馬鹿者。わしがどうしてお前を傍に置いていたのかも、解らんようになっていたか」
「し、しょう……」
「サラマンダー。フレイムはお前より弱い。だから旅をさせた。お前をわしのもとに残したのは、わしの背中を預けるためじゃと、何故解らなかった」
「――」
兄貴はもう、言葉を発せない。俺は涙に濡れる手で二人にすがった。
「行かないで、くれ……もっと俺に、剣を教えてくれよ、」
「フレイム」
師匠は笑っていた。
今まで見た中で、一番優しい微笑みだった。
「お前は強くなった。これからはわしらの代わりに、イリスを助け、そして――世界を見守ってやってくれ」
強い赤の光が弾け、俺の視界を埋め尽くす。
次に目を開けたその時、そこには兄貴と師匠の剣があるだけだった。
俺は涙を拳で拭い、二つの剣を地面に突き立てる。
「イリス、今、行く」



Last Episode7 
view of flame【like a drawn blade】






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