main

main story





嫌な風が、ボクとジンの間を駆け抜けて行く。他の仲間の姿も、もうあたりに見当たらなくなった。イリスも無事に、この場を抜けたみたいだ。
「私の相手は貴女ですか」
ジンがゆっくりと眼鏡を外す。それを胸ポケットに入れると、口の端を釣り上げて笑った。いつものジンじゃない。あいつだ。
「うん、僕が正気に戻してあげる」
「ほお、俺がマトモじゃねーってか?」
「そう、シェードの影響」
「まだ分かってねぇンだな。この戦いは俺“ら”の意思だ。俺らをこんなにした人間に復讐してやるんだよ!」
くく、と喉奥で笑うジン。ボクは小さく溜息を吐いた。
「そんなことに何の意味があるっていうんだ。悔やんだって恨んだって過去は変わらないんだよ」
「だから何だ? 忘れろってのか? あの屈辱を? そんな事、俺ァ出来ないね!」
「言っても聞いてくれないのか。じゃあ、力尽くで行くから」
「上等だ!」
ジンが腰の双剣を抜く。ボクも合わせて、自分の身長より大きな戦斧を構えた。
「おらァ!」
ジンは双剣を揃えて前面に切りつけてくる。乱雑な手だ。受けるのはそれほど難しくない。剣戟を簡単に受け止め、反撃に転じた。
「軽いね」
力任せに思いきり戦斧を叩き付ける。ジンは軽々とそれを避けて見せた。
「遅ェんだよ!」
地面にめり込んだボクが戦斧を持ち上げる前に、ジンは双剣を横の方向へ断ち切ってくる。寸での所でこれも受け止め、二本の刃を弾き飛ばした。
「チッ」
「ジンも遅いよ?」
「なら、これでどうよ!“ヴィテス”!」
ジンがそう叫ぶと、身体中に風が巻き付いた。
ボクとジンは、体に埋め込まれた機械のせいで、強化された風を呼び出すことが出来る。その動力は――ボクらのアイデンティティともいえる、精霊力なのだけれど。
ジンは電光石火の早技で連撃を繰り出す。防戦になるものの、致命傷になる一撃は無い。
「少し速くなっただけだね」
ふっと笑んで見せると、ジンの表情が強張った。
「もう加減出来ねーぞ……“ヴィグール”!」
力強い朱色の風がジンを包み込む。同時に金属がぶつかる轟音が辺りに響き渡った。
「う、く……っ」
激しい打撃にボクの体勢が大きく崩れた。
「ふん、喘いでんじゃねーよ」
ジンの猛攻は衰える様子がない。堪らずボクも小さく詠じた。
「……“デュール”」
強固な黄色い風がボクの周りに吹く。その風が、鎧になってくれる。ジンはくつくつと低く笑った。
「ただ硬いだけじゃなぁ?」
前後左右に揺さぶりながらの斬撃は止まらない。
「そうだね、反撃いくよ、“フォール”」
ボクの体は、ヴィグールより鮮やかな赤をおびた緋色の風に包まれた。構えは防御体制のままに突撃し、突き出した斧でジンを吹き飛ばす。
「がぁ、この、馬鹿力が……!」
ジンが膝を付き、その場に崩折れる。ふっと瞳を閉じると、眼鏡を取り出し、静かにかけた。それがまるで合図になったかのように、双剣を逆手に持ちかえ体勢を立て直す。
「さすがですイズナ、性質強化の能力同士では、勝敗は付きませんね」
服を丁寧に払うと、ジンは軽く一礼する。優しい微笑みは、見慣れた彼のそれだ。ボクは唇をそっと小さく噛んだ。
「ジンこそ、強化の反動減ったね」
「ええ。シェードの力のおかげです」
「そんなものに頼って、何が得られるっていうんだ。誰かの命を削ってまで、世界を貶めるまでして……」
「そうですね、私“たち”は非情かもしれない。でも人間だって、犠牲という屍の上に立ち、笑って過ごす生き物じゃないですか。それに、少なくとも、我らの命を長らえさせることはできます。イズナだって『こっち』に来れば、精霊としてもっと生きて行けるんですよ」
「……そんな命なら、ボクはいらない」
片手で戦斧を左右に振り、体の中心で両手持ちに構え直す。
「そうですか、残念です。貴女も時間をかけたくないようですね」
「うん、イリスが待ってるから」
「あなたが『こっち』に来ないというなら、私もサイの障害を行かせるわけにはいきません。次で決めますよ」
「キャパシテ・リベラシオン」
二人の声が重なった。
このワードは、引き金だ。
能力最大解放の呪文。
詠じると同時に、周りの空間に激しい震動と激しく荒れ狂う風が吹きつけた。
「双剣術風の型・奥義」
「戦斧術風の技・奥義……」
ボクらは同時に地面を蹴る。
「【黒風白雨】!」
「【小夜嵐】……」
ぶつかり合う暴風と強風が辺りに激甚な被害を与える。ボクとジンの体は生まれた風によってひどく吹き飛ばされた。地面に激しく叩きつけられ、骨が折れたような、内臓が壊れたような、そんな激痛が走る。
闘いの前の場所は其所にはもう無かった。広大な地面がただ開けている。
ボクの目線の先で、からん、と、ジンの剣が落ちた。二本の剣が真っ二つに折れている。傍に落ちているボクの斧にも、相当の傷がついていた。
「ボクの勝ちだね」
「まだまだ……、剣が折れたくらいで負けない……ですよ、」
「もう動けないでしょ」
「イズナこそ、歩く事も厳しいはずです……」
「……歩ける」
ボクは力の入らない足を無理やり動かし、なんとか起き上った。
歩くことも確かに儘ならないが、力の入らない腕で斧を持ち、ジンのそばへと足を進める。
「なら止めをさしなさい、私の敗けです」
ジンは微笑んでいた。ボクは斧を振り上げる。
「さよなら……、ジン」
振り下ろした戦斧はジンに触れる前に崩れ落ちた。
「イズナ……てめえ」
「斧壊れた、とどめさせない」
ボクは、確かに何処か安心した。この手で殺さず済んだこと。
今ならまだ手当すれば間に合う。
「ふふ、貴女に殺されて、直接逝きたかったのですが……時間切れの様です」
ジンの身体中が、緑色に輝きだす。
彼の人格が、くるくると変わっていった。
もうどちらが本当の彼なのかは、大した問題ではないのかもしれなかった。
「ジン……」
「泣くんじゃねぇよ、本望だ。いじくり回され、精霊の力もろくに使えねぇクズには相応しい最期だよ」
「ボク、泣いてるの……?」
ぽろぽろとボクの目から水がこぼれ出した。なみだ。涙だ。ボクは悲しいのだ。ジンが消えてしまう、そのことが。
「イズナ!!」
ボクを呼ぶ大きな声に驚いて振り返ると、そこにはエコーが立っていた。肩から血を流しながら、必死に走って来たのだろう。きっとフェンリルはもう。ボクは涙で喉が詰まって何も言えなかった。
「ジン……」
「エコー、か。そうか、フェンリルも、負けたのか」
ふふ、とジンは笑った。その笑顔の何処に邪気があるだろう?
ボクはジンの体に縋り付いた。
「一人にしないでよ! ずっと、ずっと一緒に頑張ってきたじゃないか!」
「イズナ」
ボクははっと顔を上げる。そこにはシルフ様が、微笑みと共に立っていた。その体の半身は、既に透けて見えなくなっている。彼女はそっとジンを抱え起こし、ふわりと浮かび上がった。
「シルフ、様……シルフ様まで、ボクを置いて行くのですか、」
「君はもう、一人じゃないよ。仲間がいるでしょう?」
「でもっ……」
「エコー」
シルフ様の声に滲むのは、確かなやさしさと――そう、確かに、愛情。
エコーの目にも、涙が滲んでいる。
「シルフ……俺の事も置いて行くのかよ。俺の告白に、一度も答えないまま……」
「エコー。ずっと君の気持ちに応えられなくてごめんね? あのね、本当は……本当は、私もね……」
突風が、二人の体を包み込んだ。シルフ様の口元が、何かの言葉を作り出す。でも、僕らの耳には、その声が届く事は、無かった。
風が止んだその時には、二人の体はもうそこには存在していなかった。
「エコー……」
「……最後まで、聞かせろよ、馬鹿野郎……」
肩を震わせ唇をかみしめるエコーの目からこぼれるのも涙だ。ボクと同じ涙。
「……行こう、イズナ。イリスが待ってる」
「……うん」
エコーは微笑んでいた。ボクも微笑んだ。
もう戻らない大切な人を、心の中にとどめながら。


Last Episode6 
view of izuna【Over shoes, over boots】






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -