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「私の相手は、エントちゃんなのねぇ」
「わたくしでは不満なのかしら」
「だって、私に勝てるはずないもの」
クルクルと槍を回し、その切っ先をエントに向ける。
「ふざけないで!」
袖口から煌めく糸が伸び、地を這いながら近づく其れ。
「“フリーレン”」
私は糸を氷漬けにする。一瞬にして動きを止めたそれは、ぴしりと耳に痛い音を残した。
「予測済みよ、そんな事!」
凍り付いた糸が一斉に割れ、破片が光を乱反射させて私の目を眩ませた。堪らず目を閉じた私の頬を、ひゅうと風の裂く音が撫でた。
クナイを投げつけられたのだ。
私はそれも同じように凍らせていく。
「何度やっても同じよぉ」
遠距離武器は凍らせてしまえる。
エントにとっては、相性が悪い相手が私だ。
つまり、私にとっては有利な戦いになる。出来れば、殺したくない。仲間の一人だもの。
「こちらからもいくわよ?」
跳躍する。
突き出した槍の切っ先は、彼女の腹部を狙った。
「っく、“サモン・グラウンド”!」
一気に詰まった距離に彼女は地面を蹴って後ろへ飛んだ。そのまま詠唱を続け、土からゴーレムを呼び出す。私の繰り出した槍はゴーレムに突き刺さった。
思ったよりも硬いそれから、槍の切っ先が抜けない。続けざまにゴーレムが土から形成され、私に襲いかかった。
しかたなく私は、もはや形を無くした土くれを切っ先に残したまま、槍の中央を持ち、両端でなぎ倒していく。きりがない。
「仕方ないわねぇ。“アイス・ヴェルグ”」
詠唱と同時に槍を地面に突き刺す。
私の力が槍を通り、地面へと伝わっていく。槍を解放したその瞬間、氷柱が地面から突出し、ゴーレムらを一斉に突き刺した
土くれに戻ったゴーレムの奥には、エントの姿が無い。どこへ。
気配を探した。
――後ろだ。
私はとっさに飛びのいた。エントが長柄の先端に刀を備えた武器――薙刀を私目掛けて突き出してきたのだ。
……殺す気なのだ。彼女は、私を。言葉が詰まる。
がきんと大きな音がして、私の槍と彼女の薙刀が相見えた。
「糸だとかクナイだとか、いろんな武器が出てくるわねぇ。便利な能力ですことぉ」
「残念ですわね、これが一番使いやすいの、よっ!」
彼女は華麗な身のこなしで連撃を繰り出してくる。私は少なからずたじろぎながらも、その全てを受け続けた。決定打は、出ない。
「なかなかやるじゃない?」
「まだまだこれからですわ!」
此の儘では埒が明かない。とにかく彼女の動きを止めなくては。
私は刃先に力を込めた。氷で切っ先を伸ばし、リーチを伸ばす。
その切っ先がエントの脇腹をかすめるのと同時に、私の太腿にも鋭い痛みが走った。大地に突き刺さった数本のクナイが、痛みの原因だ。
私はいったん後ろに飛んだ。同じように彼女も下がっている。
「エントちゃん、ねえ、そろそろ降参してくれない?」
「わたくしはサイ様のために、負けるわけにはいかないの!」
切らした息で、必死にゴーレムを召喚している。ぼこぼこと、土くれが出来上がっていった。
だが、もう魔力は残っていないのだろう。その形はいびつで、動きも鈍かった。
この隙は逃せない。
私は痛む足の傷を応急処置的に氷でふさぎ、ゴーレムを薙ぎ払いながらエントに突進していった。
「サイ様サイ様って、エントちゃん趣味わるぅい!」
「煩い、わね! 貴女に何が分かるのよッ!」
彼女も氷の刺さった脇腹が痛むのだろう。額に脂汗を浮かべながら、繰り出す攻撃を必死に止めている。攻撃の一手は無い。
「もう終わりにしましょ? “シュネーシュ・トゥルム”!」
詠唱と同時に私の体は青に包まれ、空からは雪が降ってくる。それが氷塊に変わる。地面に落ちた氷塊は、その姿を変え、辺り一面を氷野原にしていく。ゴーレムも凍り付き、動きを止めた。
エントも、氷に包む。其の儘捕える――つもりだった。
ぱりいん、と大きな音がして、彼女を取り巻く薄氷が割れた。
あんなに連続で魔物を召喚し続けて、もうほとんど魔力も残っていないはずなのに、彼女はふらつく体を必死に起こした。
「どうしてなの、エントちゃん……」
「負けられ、ない……、サイ様の、為にっ……!」
エントの体が金糸雀色に光り出した。構えた薙刀も、同じ色に包まれていく。
「薙刀術奥義、【落花啼鳥】!」
エントがそう唱え、一目散に駆け込んでくる。
「もう、こうするしか、ないのね……。槍術奥義、氷ノ型【氷花・白雪】!」
私にももう力がほとんど残っていない。全身全霊を込め、私は槍を構えた。
跳躍し、両手で薙刀を持って垂直落下してくるエントの目には、迷いも、恐怖もなかった。私は氷の大地を槍で削り、そのまま跳ね上げるように空を切り裂いた。
舞い上がった風花が、私と彼女を包み込む。
はらり、と、髪が切れた。私の真横に突き刺さった薙刀。そのあとすぐに、大きな音と同時に、彼女が――エントが落下した。
「エントちゃん!」
私は彼女に駆け寄った。もう、力が残されていない。わたしから与えてあげようにも、私にももうほとんどの力がなくなっていた。それでも彼女の手は虚空を掴む。
「サイ、様……、ごめんな、さ……」
「どうしてあの男のこと、そんなに……っ」
「すきって、言ってくれたの……、森が、すきだって……」
「え?」
エントは熱に浮かされたように細い声で続けた。私はもう、如何することも出来ずその場に只座り込む。
「あの方、は……。人間が、壊さない森が、好きだって。その森を愛するわたくしも、大切だって……そう言って、くださったから……」
「そうか。お前の『理由』は、それか」
「ノーム様……!」
こつりと小さな音を立て、ノーム様が私の隣に座った。エントののばした手を取って、そっと胸元に寄せる。ぎこちない動きで、彼女はノーム様を見た。
「おとう、さま……わたくし、は、わるい娘ですわ……」
「娘の変化にも気づけない俺は、父親失格だな」
「いいえ、おとうさま……。エントは、とうさまが、すきですわ……」
ノーム様はぽろりと涙をこぼした。消えゆくエントの手を強く握って、私に向き直る。ノーム様の体も、景色が透けていた。
「悪いなフラウ。お前は、精霊の中でも一番の出来頭だ。しっかりアイツらを導いてやってくれ。俺は娘を送ってやんなきゃなんねえ」
「い、いやです、ノーム様! まだ私、ノーム様に教わりたいことがっ……!」
「ああ。エコーに伝えてくれねえか。お前は俺の、世界一の息子だってよ」
ひゅ、と、本当に小さな音を立て、彼らの体は消え去った。
私は零れ落ちる涙を必死に食い止め、立ち上がる。
行かなくては。あの子の、イリスの所に。



Last Episode4
view of Frau 【a spirit deformed by love】






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