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私たちはついに、ハイスヴァルムを出るまでに至った。大きな船を3艘ほど出し、人数に無理なく乗船させた。海から見えるミッテツェントルムは、何処か暗雲立ち込めるように、薄暗い影がかかっていた。
各地から集められた人々は、本当にいろいろなものを持ち寄ってくれた。武器に始まり、馬や食料、果ては服までだ。
みんなが平和な暮らしを望み、決起したのは明らかだった。
中にはなんと、マッフェンの人までいた。
「マッフェンからどうして……」
「確かに文明の発展は、私たちに富や時間を与えましたが、それで失ったものもあった。私たちはその喪ったものを、取り戻さなくてはならないと思ったのです」
眼鏡をかけ、とても運動など出来そうにない身体の彼は、それでも鎧を見に付け槍を持っている。そんな人がたくさんいた。
「失ったものって……」
「慈しむ心です。私は貴女の事を、マッフェンで見ました。貴女はセントラルを見て絶望していましたね。始め私にはそれがなぜか解らなかった。けれどここに来てみて解りました。貴女は自然や精霊や動物を慈しみ、そして人間の事も違わず愛している。あんな、犠牲の上に成り立つ文明など滅びればいいのだと、思わされたのです」
「……きっと、この戦いが終わったら、共存の道を探せますよ」
彼は頷いた。隣にいたバオアーの体格のいい男の人が豪快に笑う。
「俺がしごいてやる! そんなひょろ腕じゃ槍も振り回せねえだろう!」
「よろしくお願いします」
不思議な光景だと、私は思った。
この船には、4国の全ての人が乗っている。だけれど、みんな分け隔てなく会話をし、笑いあい、訓練をしている。
ああ、人間は。こんなにも分かり合えるのだ。
「イリス、ちょっといいか」
「フレイムさん」
頷いて、人のいない船室へ入る。喧騒は遠く、耳に静かな場所だ。
「お前にどうしても言っておきたいことがあるんだ」
「はい、」
フレイムさんは一呼吸置くと、真っ直ぐに私を見つめた。赤の瞳が私を映し出す。
「この戦いは、きっと熾烈なものになると思う。向こうだって戦力を整えていないはずはないし、その他に何があるか解らない」
「……そうですね」
「だけど、俺は……俺は、お前を守るから。だから、……死なないでくれ」
きゅうっと、胸が詰まる。ああ、ああ私は。
こんなに切ない目をするこの人を、どうして想わずいられよう。
「……、フレイムさん、私――」
その時、扉をたたく音が響いた。フレイムさんがドアを開けると、そこには慌てた様子のエコーさんが立っていた。
「わ、悪い。ちょっと来てくれ!」
そのただならぬ様子に私たちは船室を出た。甲板に出ると、そこに立って――いや、浮いていたのは、見知ったあの人だった。
「フリッシュの教会の――」
「久しぶりね」
相変わらずきれいな声だ。でも――空に、浮いている。
私の頭は少なからず混乱した。
「ええ、ええっと。あの――」
「イリスちゃん、あの方はね、ウンディーネ様なのよぉ」
「……はいっ?!」
「本当にめったに人前に姿を出さないんだけどね。相変わらず美人だな〜!」
興奮するエコーさんはさておいて、私は彼女――ウンディーネ様に駆け寄った。
「ウンディーネ様、だったんですか、あの私……」
「いいのよ。あたしの配下が、迷惑をかけて申し訳ないと思っているわ」
「いいえ、」
怜悧で、無機質なその声に、何処と無く混ざる哀切。私は頭を振った。
「この指輪が、きっと貴女を守ってくれるわ。大精霊に貰った総ての物も、貴女を守る。だから、負けないでね」
「……はい」
「それだけ言いに来たの。……ああフラウ」
「はい」
「貴女が負ける事なんて無いと思うけれど。折角綺麗にしているのだから、傷なんてつけないで帰っていらっしゃいな」
「……もう、姉様ったら〜。解りました」
フラウさんは緊張の糸が溶けたように微笑んだ。やはり彼女には笑顔が似合う。
ウンディーネ様も、ふわりと微笑んだ。至極の笑顔だ。
そして、ふわりと、空気になって消えて行った。
あっけにとられる群衆と、私たち。フラウさんだけがくすくすと笑った。
「――港が見えたぞー!!」
見張り番の声が響く。私たちは一斉に、そちらを見た。
ミッテツェントルムが、もう眼前に迫っていた。隣のフレイムさんも厳しい顔をして、じっと大地を見つめている。
暗雲立ち込めるその国は、禍々しい気を纏っていた。



Last Episode1 
【If I reached my hand】






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