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その夜は、各人に一つ一つの宿の部屋が与えられた。奇しくもそこは、私がイフリート様に逢った、そしてサラマンダーさんと話をした宿だった。あの日から半年以上が経ったなんてとても思えない。広い部屋を一人で使うのは、本当に久しぶりだった。
あの時はサラマンダーさんが旅の準備をしてくれた。フレイムさんは部屋で待ってくれて、そして私はお風呂に入ったのだ。用意してくれた服を着るのに手間取って、フレイムさんがそれを直してくれた。
そして私は旅を始めた。
同じように、蜜色の夕暮れを臨み、同じように湯船につかった。豪華なお風呂。白い花びらが浮かんでいる。私の髪飾りと同じ花びらだ。
それを掬い取り、また水に流す。揺蕩うそれは、何故か自分と重なった。
甚く久しぶりなお風呂から上がると、清潔なローブが用意されていた。いつもはフラウさんやイズナさんと寝るのに、いざ一人となると寂しい感じがする。初めてフレイムさんと明かした砂漠の夜も静かだったなんて、郷愁にふける事すらも贅沢に感じる。
スプリングの効いたベッドに寝そべると、背中からふわりと沈んでいく。
連日の疲れもあってか、私は誘われるように眠りについてしまった。

――またあの夢。もう3回目だ。同じ廃墟が、私の目に映っている。
でも、今回は違う。
手招きする誰かの代わりに、白い鳥が立っている。勇者様の肩に泊まっていたあの鳥だ。
鳥はゆっくりとその大きな羽を広げ、私の方に飛んできた。
『もうすぐです』
どんな音にもたとえられない、まるで光がはじけるような、温かいような、優しいような、鮮烈なような。そんな声だった。
『これから貴女は、争いの渦に巻き込まれていくでしょう。その中には悲しみも辛さもあります。ですが、貴女なら大丈夫。どうか希望を捨てないでください』
「……あなたは、前にも私に話しかけてくれましたね」
『ええ。ずっと見ていました』
「いったいあなたは――誰なんですか?」
鳥は何も言わなかった。只、どうしてか、彼女が微笑んだように感じた。
『いずれ解るでしょう』
鳥は羽ばたいた。廃墟を切り裂き、光を振りまいて、その先へ飛んで行った。まるで未来への道を進んでいくように。

――私の目に飛び込んで来たのは、真っ白な天井だった。ああ、やはり夢だった。でも、あれはきっと夢ではない。私に何かを伝えたかったのだ。体は軽くなっていた。
私は支度を済ませ、いつものように花飾りをそっと髪に差した。この花に誓うのだ。
私は、平和をまた取り戻すのだと。
ロビーへ向かうと、そこにはもう4人が集まっていた。それぞれが、それぞれの夜を過ごしたのだろう。みんなは微笑んで、私に優しい目を向けてくれる。
宿を出ると、そこには昨日よりも多くの人が待ってくれていた。遠方に見える海には、船が浮かんでいる。船乗りの人も、何人かいるようだ。その中には、私とフレイムさんをハイアンまで送ってくれた船員さんも見付けられた。
イフリート様が私に近づき、そっと手に口づける。驚きながらも、私はその手を振り払う事はしなかった。続いてノーム様もそうする。まるで精霊の力が私に流れ込んでくるかのようだ。体の中から熱が沸き起こる。
そう、そうなのだ。初めて戦ったあの時、フレイムさんが私の手を握ってくれたのは、こうするためであったのだ。私は微笑んだ。
「イリス、お前にアスカの加護があるように」
「アスカ……?」
「光の大精霊だ。先の大戦でも、勇者に味方した」
私は頷いた。
イフリート様がフレイムさんの前に立って、彼の瞳をじっと見つめた。
「師匠、俺が必ず兄貴を止めて見せます」
「ああ、頼んだぞ。もし、あやつが説得に応じないその時は――フレイム、お前の手で送ってやるがよい。それがせめてもの慈悲じゃ」
「……はい」
「親父。俺も――必ずあいつらを止める」
「気負うなエコー。お前にはこんなにも心強い弟と妹たちがいるだろう」
「……そうだな」
「イリス」
「はい」
ノーム様の呼びかけに、私が答える。ノーム様はおおらかに微笑んで、その身を除けた。
広がる人々の波。私たちはその先頭に立っている。
指先が震えた。
そ、と、その手に触れる暖かな手。
フレイムさんだ。
「お前がリーダーだ。お前が、ここまで人を集めたんだ。勇者だからじゃない。お前だからだ」
大地を思わせるその声が、凛と静まった空気に響く。
「さあ、声をかけてやれ」
どくんどくんと、大きく高鳴る鼓動。何を言えばいいのか。こんな大勢の人が、私の声を待っている。頼りなく、弱い私の声を。
「あ、――わ、私は。一人じゃ、何もできませんでした」
旅を思い出す。送り出してくれた船員さん。髪飾りをくれたおじさん。バオアーでは大勢の人の親切に触れ、フリッシュでは教会で出会った女の人に剣と勇気をもらった。兄様の言葉に心を取り戻して、軍の人の決意が私を駆り立てた。マッフェンではスラムとセントラルを見て、幸福とは何か、発展とは何かを考えた。そしてここで。私は立ち上がることが出来たのだ。
「だけれど、助けてくれる人がいました。私はだから、強くなれたのだと思います」
フレイムさん、エコーさん、フラウさん、イズナさん。そして今は離れてしまったサラマンダーさんやフェンリルさん、エントさんもジンさんだって。私の力になってくれた。
わたしはひとつ、深く呼吸をした。
「行きましょう。みんなの手に平和を取り戻すために!」



――Re Highthvalm Episode End――



Re Highthvalm Episode4
【Our journey's end】






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