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二度目の裏切りに、私たちの心は切り裂かれてしまった。
エコーさんは目に見えて消沈し、フレイムさんは言葉すら発しない。イズナさんは私の背中をそっと撫でてくれたが、気丈な瞳には哀情が映りこむ。フラウさんは口を真一文字に結び、ぐっと何かをこらえているかのようだった。
私にはわからなかった。
フェンリルさんは、人は何故、平和でいられないのかと、私にそう聞いた。
ジンさんは、軍人として守るべきものを守ると、そう言った。
二人とも、世界の平和を望んでいた筈だった。
サラマンダーさんも、エントさんだってそうだ。
それなのになぜ、世界を壊すようなことを。
なぜ、どうして。
「――行くしかないわ」
「フラウさん……」
「こんな所で落ち込んでいたってしょうがないわ。事態は動いてしまったの。早く本隊と合流すべきよ」
凛々しい話し方。私ははっとした。
その通りだと、思った。
「……そうですよ。とにかくトリジマイトに向かわないと。彼らだって、彼らだってきっと――」
きっとわかってくれるはずだ、なんて、そんな軽率なことは、とても言えない。だけど、心の底で思っている。
これがすべて夢だったら。これが嘘だったなら、どれだけいいだろうって。
「……行こう。エコー」
「……分かったよ。俺が一番兄さんなんだもんな。ごめん」
「いいよ。エコーはそういう優しいやつなんだ」
「ありがと、イズナちゃん」
エコーさんは笑った。痛々しい笑顔だった。それでも、それが彼の精一杯なのだ。
その笑顔は、間違いなく彼の強さだ。
私たちは止めてあった馬に乗った。馬は疲れを知らず、砂漠を駆けた。
私の頭では、ジンさんのある言葉が何度も何度もリピートされていた。
――【あの方】とは、一体誰の事なのだろう。
4人を争いに引き込んだ張本人だろうか。
彼らを思うと、また胸の奥が痛んだ。
殆ど不眠不休で、私たちは走り続けた。トリジマイトまで2日の道のりだったが、私たちが町の入口にたどり着いたのは、キナサを出てほぼ1日後のことだった。
私たちは入り口で馬を降りて――馬はさすがに疲れの色を見せている――、ゆっくりと町の中へと向かった。
私はハイスヴァルムに生まれたが、トリジマイトに来たのは初めてだ。在りし日のキナサよりも発展してはいないものの、整備の行き届いた綺麗な町で、人は楽しそうに行き交っている。とても戦争が起こる直前とは思えなかった。
人々は、平和を享受している。流れ来る日常を当然のものだと思っている。私はその喧騒の中で、一人取り残されたような気がした。
「シルフ様は郊外に部隊を揃えてるって言ってた」
「まあこんな街中じゃ無理だわな」
「とりあえず最初に合流してから、ちょっと休むことにしよう。イリスも疲れただろうし」
「それがいいわねぇ」
4人の言葉に私は頷く。
確かに体は疲れ切ってしまっていたし、少しでもいいから休息が欲しかった。街の活気をすり抜け、私たちは郊外に抜けた。
「確かこのあたりだって聞いてるんだけど」
「おーい!」
聞き覚えのある声に、私たちは一斉にその声の方を向いた。
真っ赤に燃えるような短髪。背負った身の丈に合わない大剣。褐色の肌。
「師匠さん!」
私は彼に駆け寄った。まさか師匠さんがここにいるなんて。後ろを振り返ると、彼らは砂漠に身を伏せ、膝をついていた。……と、いうことは。
「ふふっ。わしが炎の大精霊イフリートじゃ。フレイムが世話になったの」
「イフリート……様?!」
「そうじゃ。5万歳くらいになるかのう?」
「ええ?!」
「のうフレイム、そうじゃったよな?」
「師匠がお幾つかなんて、俺が知っているはずないでしょう……」
「それもそうじゃの。おう大地の、氷の、風の。元気にしとったか?」
「イフリート様もお元気そうで何よりです」
「お久しぶりでございます〜」
「……イフリート様。道中、フェンリルとジンも離反の動きを見せました。ボクのジンに対する監督不行き届きが招いた結果です」
イズナさんが頭を下げる。その肩を、後ろで誰かが叩いた。
「お前のせいじゃない。気に病むな、イズナ」
「……!」
金髪に、金の瞳。精悍な顔つきは優しい微笑みを浮かべている。このタイミングでこの人が現れるという事は。
「エコーさんのお父様……もしかして、ノーム様……?!」
「賢くなったな、お嬢さん」
ひらひらと手を振るその様子も、少年のような外見も、どちらも吟遊詩人さんに聞かされたその姿とは想像もつかない。
「親父! エントがっ……フェンリルも!」
「落ち着けエコー。お前はいつもそうだ」
駆け寄って来たエコーさんの頭をポンと撫で、ノーム様は苦笑した。フレイムさんも立ち上がり、イフリート様のもとに膝をついた。
「兄貴も離反しました。理由については不明ですが、エントと共に魔獣に乗って居た所を見ると、恐らく引き金となったハイスヴァルム内乱を引き起こしていたのは……兄貴じゃないかと」
うすうす感じてはいたことだが、フレイムさんの口から直接言われると、やはりどうしようもなく心が痛んだ。
それでも、信じたくなんて無かった。サラマンダーさんが、兄様を危険な目に合わせ、妹や弟たちを――殺しただなんて。
「そうか」
イフリート様はそれだけ言った。フラウさんが目を伏せ、すっと一歩進み出る。
「フェンリルまで、戦争に加担するだなんて。とても、思えませんでしたけれど……でも、彼は確かに……」
辛そうに言葉を詰まらせる。イズナさんとノーム様がフラウさんの横に来ると、先程の様にフラウさんの頭を撫でた。
「ジンは、多重人格なんだ」
「え?!」
驚きの声を上げる私に、イズナさんは小さく頷いた。
「ボクが『女』としての自覚が薄らいだように、ジンはあの戦争の時の研究で、人格が分裂してしまったんだ。もう一人のジンは嗜虐的な性格で、出てくると暴れて大変だから軍の施設にいてもらった。最近は落ち着いてきたって言っていたんだけど、それも嘘だったみたい」
……そうだったのか。
ジンさんが言っていた後遺症とは、イズナさんの性の自覚と、そして――彼のもう一人の人格の事だったのだ。
「フェンリルも、もしかしたら脅されてるのかもしれない。だからフラウが気にすることないよ」
「……ありがとう、イズナちゃん。でも、多分あの子は、あの子の意志であそこにいると思うわ」
フラウさんの藍の瞳は、辛そうではあったが決して悲しそうではなかった。意志が宿るその瞳に、私は彼女の強さを見たような気がした。
「事情は分かった。良くここまで来たな、お前たち」
ノーム様の低い声が優しい色を帯びて響く。イフリート様も同じように頷いた。そして私の手を取り、からりと笑う。
「イリス、お前もじゃ。初めてわしの所に来た時より、ずっとずっと成長したのう」
「そんな、わたしなんか、」
「手を見れば解る。これは、ぬるま湯に浸かる手じゃあない。豆が出来るほど剣の練習をし、傷が出来るほど外で暮らし。お前はよく頑張った」
「イフリート、様……」
目頭が熱くなる、泣かないって決めたのに。私は必死にこみ上げる熱を抑え、にこりと笑って見せた。
「皆さんが、助けてくれました。私一人ではここまで来れなかった」
「ほほう。ではこやつらはどうかの?」
イフリート様は悪戯っぽく笑った。ひょいと体をどけると、そこに広がったのは目を疑うような光景だった。
さっき通って来た町の人々や、白い肌の人、軍服を着た人などが、みな何らかの武器を持ちより談笑している。その中の何人かが私に気が付いて走り寄って来た。
「お嬢ちゃん! 久しぶりだな、元気だったかい?」
「あ……バオアーの服屋のお兄さん?!」
「おお! 覚えててくれたのか!」
「あたりまえじゃないですか……! どうしてこんな所にっ」
「いや、世界の危機だって聞いてな。それにお嬢ちゃんも関わってるって聞いたら居ても立っても居られないじゃねえか! 村のじじいたちは、ちゃんとゴブリンの生き残りと手を組んであそこを守ってるよ」
「そう、ですか……よかった」
思いがけない再会と報告に胸が熱くなったのもつかの間、隣から顔を出したのも見知った人だった。
「やあ。その節はお世話になったな」
「フリッシュの騎士団の団長さん!」
「我らもこちらに手を貸すことにした。我が国を守るためには、閉じこもってばかりもいられないのでな」
私が砂漠から雪国に行って苦戦したように、彼らだって雪国からここへきて苦労しないはずがない。だというのに、彼らはここへ来てくれた。
「バオアーの各町の奴らも協力してくれる。軍隊とまではいかないだろうが、それなりの戦力にはなるだろう」
ノームさんが微笑みながらそう言った。荒野に集まった人たちに、悲観の色などどこにもない。恐ろしいだろうに、本当は戦いたくなどないだろうに。それでも彼らは笑っていた。決起の表情だった。
ああ、世界は平和を望んでいる。そして、平和になるために必要なこととは――



Re Highthvalm Episode3
【It is the calm before the storm】






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