main

main story





 戻って来たエコーさんはいつもと変わらない風を装っていたけれど、それでも少しだけ瞳に陰りが見えた。私たちは村長さんの言葉に甘え、この家を使わせてもらう事にした。部屋は幸い二つに分けられていたので、いつもの部屋割りで眠ることになった。簡易ベッドではあったが、眠りにつくことも出来そうだった。私はまた、そっとベッドを抜け出す。どうしても調べなければいけないことがあったのだ。
 この家に地下室があるのに気が付いたのは、部屋の片づけをしている時だった。カーペットの下にちらりと見えた階段の下には、本が並んでいた。私はそこをこっそり隠しておいたのだ。
ランプを持ってそっと階段を降りる。地下室は、やはり本が山のように陳列されていた。埃をかぶったものから、最近開かれただろうものまである。私はランプをかざし、「大精霊戦争」の名の付く書籍を探した。ようやく見つけたそれは随分古く、ところどころ文字が霞んでいて見えないうえに、文字も昔のもののようで良く解らない。
「これじゃ、解らないかも……、あれ、」
開いたページには、絵が描いてあった。かろうじて読める文字は、おそらく「精霊」だろう。そのイラストに被ったほこりを払い落し、私は目を見張った。
「……、まさか、そんな」
 そこに描かれていた火の精霊は、見覚えのある彼にそっくりだった。名前の所は、かすれて読めない。でも、それは間違いなく、彼だった。しかも、今と全く変わらない容姿の。
「なーに、やってんの?」
「え、こーさん……」
 後ろを振り返ると、ドアにもたれかかるようにしてエコーさんが立っていた。私の持っていた本をぱっととると、それを本棚に戻す。
「イリスちゃんの読む本じゃないよ」
 彼は笑顔だったが、それでもどこと無く強い口調にたじろいだ。私とエコーさんは、連れ立って夜のレンダ村に出た。大精霊様を模した宝玉が、淡く光を放ってひどく幻想的だった。
「イリスちゃんと二人になるの、初めてかな」
「そうですね」
 暫く歩いて、私たちは開けた場所に出た。冴えわたる夜空からは、星の光が降り注いでいる。二人で雪の上に座った。
不思議と、冷たくなかった。
「ねえイリスちゃん。大精霊戦争の話、どう思った?」
「……悲しいなって、思いました」
「悲しい、か」
「エコーさんは?」
 彼は星空を見上げたまま、ゆっくり、ためらうかのように口を開く。
「俺は、不条理だな、って思うよ」
「不条理……」
「うん、不条理。だってさ、精霊のいざこざで、人間は巻き込まれて。沢山死んで。そんなの、やっぱりおかしいよな」
 私は、エコーさんを見た。エコーさんは私を見ない。ためらいながらも、その腕をそっとつかんだ。
「イリスちゃん、」
「そんなこと、ありませんよ。人は、精霊様を大事に思っているはずです。だって、いつだって精霊様は人を守ってくれたじゃないですか。その精霊様の為ですもの。それは人の意志だったはずです」
「……、君は、いい子だね」
「いいえ。エコーさんが、優しいんです」
「……イリスちゃんはさ、好きな奴とか、いるの」
「すき、な――」
 私の中で、サイ兄様の言葉が鳴った。あの二人は、君が好きなんだよ。私は、私は一体。サイ兄様の事は好きだ。フレイムさんの事も、エコーさんの事も、フラウさんもエントさんも、フェンリルさんの事だって好きだ。でも、特別なのは。――解らない。
「……解りません。エコーさんは、居るんですか?」
 彼は少しだけ黙った。そして、ふっと微笑む。優しいそれ。きっと思い人の事を思ったその微笑み。この人に愛されるその人は、きっと優しく素敵な人なのだろう。
「いつまでも叶わないんだけどね。いつまでも好きなんだろうね、俺は」
「……エコーさんは素敵だから。きっと叶いますよ」
「ありがとね」
 ふわりと感じる彼の香り。髪を纏めるそれから薫る、甘い花のそれ。エコーさんの腕がそっと私を包む。私は、彼の髪をそっと撫でた。
 エコーさんの思いが、いつかその人に届くことを願いながら。

 
Flish Episode9
【Incompatible with your love】






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -