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 それから三日ほど、私たちはラヴィーネに滞在した。エコーさんが一体どんな方法で捕虜の人を捉えたのかはわからないが、完全に意識を失っていてなかなか目を覚まさなかったのと、先の戦闘で傷付いた街の復興の手伝いをするためだった。私はお手伝いの合間に、フラウさんと練習に励んだ。3日其処らではとても上達したとは言えないが、それでも最初よりはだいぶましになったように思う。
 フレイムさんとエコーさんには秘密だ。なんだか、ちょっと恥ずかしい。
 ――そういえば、まだきちんと聞けていなかった。あの夢の事。
でも、もういいような気もする。私がしっかり立っていれば、それで。
 買い出しに行っていたエコーさんが、部屋に戻ってきた。息を切らせている。
「どうした、珍しいな走るなんて。便所か」
「ちっげえよ! 何でだよ!」
「あら、そうなのぉ? じゃあなーに?」
「捕虜のあいつが目ェ覚ましたって!」
 私たちは目を見合わせ、ほとんど同時に立ちあがった。扉を蹴飛ばす勢いで開け、フレイムさんが飛び出す。私たちも後に続いた。エコーさんの言うとおり、教会の地価の一室で、その男の人は目を覚ましていた。椅子に括り付けられた可哀想な姿ではあったが、エコーさんを見るとヒッと息をのんで逃げようと暴れた。
「え、エコーさん、何したんですか……」
「えッ?! 俺そんなひどいことしてないよ?!」
「どうせあれだろ、弓で牽制しまくってあげく締め落として意識失わせたとかそんなんだろ」
「うん大体そんな感じ」
 十分酷い気がするが、とりあえず今はそんなことを問いただしている時間はない。フラウさんが彼の顎を掴み、にっこりと笑顔を見せながら言った。
「あなた、火の国の人よねえ? ウチに何の御用だったのぉ?」
 笑顔ではあるが、決してその眼は笑っていない。うすら寒いものを感じながら、私たちは二の句を待った。
「お、俺たちはただ、言われたとおりにしただけだ!」
「誰に何を言われたんだ」
 フレイムさんが厳しい口調で問いかける。男は言いたくなさげだったが、エコーさんが弓を構えると慌てた様子で話し出した。
「やめろ、やめてくれっ、話すから! マッフェンの軍人に言われたんだよ、フリッシュを攻めろって!」
「マッフェンですって?」
「何であそこがこの国に……」
 エコーさんが眉を寄せる。マッフェンに何か嫌な思い出でもあるのだろうか。あまりこんな顔の彼は見た事が無い。フレイムさんがもう一度問いかける。
「どうしてそんなことを」
「知らねえよ! ただ、この作戦がうまくいったらミッテツェントルムの一等地に家をくれるって約束だったんだ!」
「……何?」
「ハイスヴァルムはいま、何処も暑くて作物なんかろくにとれやしねえ。家だって内乱で酷いありさまだ。だから、あそこに引っ越せるならって……」
 私たちは黙ってしまった。確かに、その『口実』は正論だったからだ。だけど。
「でも、それで、人を殺していいなんて、そんなの間違っています」
 私の言葉に、フレイムさんが驚いたようにこちらを見た。私は続ける。
「そんな時だからこそ、人は協力できるはずです、争いじゃない、もっと別の方法で……」
「イリス……」
「……そうだよ。イリスちゃんの言うとおりだよ。全くいい歳した大人が何やってんだって話だよ!」
「そうね〜。貴方は〜、罰として、この教会の礼拝堂掃除一か月の刑ねえ」
 男を残し、私たちはその部屋を出た。廊下を歩きながら、私は一生懸命にミッテツェントルムの事を思い出す。
「あの、フレイムさん」
「なんだ?」
「私、ミッテツェントルムにいたんですけど」
「うん」
「一等地に空きなんて、なかったと思います……、たぶん」
 そう、あの国は人口過密が進んでいるとの噂があったのだ。だからこそ、教会のような建物でさえ郊外に追いやられていた。そんな状況なのに、一等地にあんなに大量の人の家を準備できるとは思えない。
「んじゃあ、ガセってことだね」
 エコーさんが怒りをはらむ声で言う。私は頷いた。
「私も確かなこと、解らないですけど……、前にそんな話をシスターがしていました」
「しかし、そうなるといよいよ謎だな。なんでマッフェンの軍が、ミッテツェントルムの土地を分配するなんて言ったんだ? 自国の土地ならともかく」
「そぉねえ。とりあえず、マッフェンに行ってみる必要があるかもしれないわね〜」
「ああ。あそこにはつてもあるし。……、エコー、いいか?」
「俺はいいよ」
 エコーさんは笑っていたが、そこには何処となく、迷いの色がはらんでいた。
「とりあえず〜、明日出発にしましょ? 今日は準備とかもあるだろうし〜」
 全員がその提案に頷いた。夕暮れの迫るラヴィーネの街は、幻想的で儚く美しい。私はフラウさんと買い物を済ませると、自室へ戻った。準備をすべて整え、食事を済ませ――今日の食事はフラウさんが作ってくれたのだが、正直、大概何でも食べて来た私たち3人ともが真っ青になる腕の持ち主だった――身を清めてベッドに入った。フラウさんの可愛い寝息を聞いてから、私は音をたてないようにそっと外へ出た。
 ――教会に行きたかったのだ。
 ラヴィーネの夜は寒い。羽織ってきたストールの前をかきあわせ、私は礼拝堂への雪道を急いだ。礼拝堂が夜も開いているのは、前日にたまたま見て知っていた。サイ兄様にも会いたいと思ったけれど、今はただ、祈りをささげたかった。
「火と水と、大地と風の精霊様。我が不浄の身で御名をお呼びすることをお許しください」
 私は祈りを口にする。夜の礼拝堂は、月の光と、それを通して描き出されるステンドグラスのウンディーネ様が浮かび上がって、壮麗な空気が立ち込めていた。
 指を組み、私は祈る。どうかこの先に、幸いがあるようにと、そして、もう誰も、悲しい思いをしないようにと。
「あなた」
「えっ、」
 私は驚いて目を開けた。いつの間にか、隣には女の人が立っていた。月明かりのせいでよくは見えないが、黒いヴェールをかぶってはいたものの、水色のスレンダーなドレスに身を包んだ、氷肌玉骨の女性のようだった。零れ出る青の髪は艶麗に靡いている。女性は、私の隣にすっと腰かけた。所作の一つにも、あふれ出る芳香が香る。
「こんな夜に、お祈り?」
 彼女の声は、透明で、静かな夜によく通った。私は頷いた。
「はい。明日には、ここを発つので、今日しかなくって」
「そうなの」
  ヴェールの向こうの瞳が、私を見つめている。
「何を祈っていらっしゃったの?」
「……平和を、祈っていました」
 出来るなら、このままずっと兄様のもとで祈っていたい。でも、私は決めたから。
「強くなるって決めたんです。守るために。誰かがどこかで、悲しい思いをしなくていいように」
 私の力なんてほんの一握に過ぎない。それは解っている。だけど、あの子供たちの様に。少しでも、救える命があるのなら、私はこの道を進んでいきたい。
「貴女は強いわ。大丈夫。仲間を信じて、真っ直ぐ進んでゆきなさい」
「え、」
 彼女は私の手を握った。冷たい手だ。すべらかでしとやかで、それでも氷のように冷たい手。彼女は私に、一本の剣を握らせた。細身の、手になじむ剣だった。
「貴女に差し上げます。いつも使っている剣よりも、使い勝手はいいはずです」
「どうして知ってるんですか」
「いつもこの教会の裏で、練習されていたでしょう」
「あ、」
 彼女はちいさく笑って立ち上がった。私は慌てて後を追う。
「あの、お名前だけでも!」
「……今日、私に逢ったことは、誰にも言わないでくださいね」
 それだけ言うと、彼女は教会の奥へと消えて行った。
 残されたつるぎは、月明かりを受け、只静かに煌いていた。


 
Flish Episode7
【Crusader's secret.】






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