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 ――見渡す限りの瓦礫の山。燻る炎。硝煙の匂い。退廃した、世界。
あれ、私どうしてこんなところに――
 火の粉が目の前を飛び回り、目を開けていられない。恐る恐る薄く瞼を開けると、人影が見えた。くすくすと笑っている。こちらにおいでと、手招きをして。
 あれは誰。私は目を開けた。
 そこにはもう、瓦礫も炎も、何もなかった。きれいな世界。緑があふれて空がきらめくいつもの世界。その中で、真っ白で大きな一羽の鳥が、金の瞳で私を見つめている。
『行くのです、イリス・ルイ』
「えっ」
 鳥が、喋った。ああそうか、ここは夢の中なんだ。だって鳥が喋るわけないもの。
「行くって、何処へ……」
『貴女の導きに、幸がありますように』
 白い鳥は飛び立った。強い風が巻き起こって、光が辺りを包み込み、世界が白に塗りつぶされる。
「ちょ、ちょっと待って!」
 だめだ、私はまだ、あの鳥に聞かなければ――
「――!」
 突然に開けた視界に写ったのは、見慣れた木の天井だった。ああ、やはり夢だったのだ。私は重い体を起こした。
 体にかかっていたはずの布団は床に落ち、初春の朝の冷気が身に染みた。服を着替え、未だ覚醒しきらない頭でカレンダーを見る。AC117年、4月1日。
「……あっ」
 どたばたと外が騒がしくなり、扉が大きく開いた。子供たちが満面の笑みで部屋の中へ入って来て、口をそろえて言った。
「イリスおねえちゃん、おたんじょうびおめでとう!」
 少女に差し出された小さな花のブーケ。色とりどりの野花が、金の折り紙で纏められている。子供立ちのお手製なのだろう。自然に微笑みが零れた。
「ありがとう、これ、どうしたの?」
「おねえちゃんのために、みんなでつくったの……」
 恥ずかしいのか、うつむきがちに少女は言う。おれもおれもと少年らも胸を張る。私はそっとその柔らかい髪を撫でた。
「みんな、ありがとう。とっても嬉しい」
 貰ったブーケを胸に抱えて、きゃあきゃあとはしゃぐ子供たちと共に部屋から出た。修道衣を身に纏ったシスターが、寝坊助の子供を起こすのに朝から忙しそうに動いている。ここは教会。そして、孤児院でもある。
 今から217年前、世界は大きな戦禍に包まれていた。地は荒れ果て空は赤に染まったといわれる大戦争。それを「大精霊戦争」という。その戦争が収まり、世界が平和になったのが今から117年前の事。それからは平和が続いていたけれど、最近また小さないさかいが起きているのだ。
「あ、今日も来てるんだ」
 中庭では、吟遊詩人が大精霊戦争を収めた勇者を詠っている。私の知識も、全て彼から得たものだ。闇に似た黒髪がきれいな男の人。彼の周りにはたくさんの人が集まり、ぽろん、ぽろんと彼の奏でる持つギターの優しい音色に耳を傾けている。暖かな日差しと弦の音が美しく調和していた。
「あらイリス、おはよう」
「おはようございます、シスター」
「今日は誕生日だったわね。おめでとう」
「ありがとうございます」
 口々に告げられる祝いの言葉に照れくさくなる。AC117年4月1日、私は今日で18歳になった
 私の住むミッテツェントルムでは。18歳になると成人として扱われる。今日から私も大人の仲間入りをするのだと思うと、どうにもくすぐったい。
 朝はまず、世界をお守りくださっている四大精霊様へお祈りをするのが、この精霊教会の決まりになっている。子供たちを先に礼拝堂に行かせ、私はブーケを部屋にある小瓶に生けた。部屋から出ると、とん、と後ろから肩を叩かれた。
振り返るとそこには神父服に身を包んだ「兄」が立っていた。
「サイ兄様、おはようございます」
「お早う、イリス。お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
 この教会には、私と同じような孤児が各地から集まっている。子供たちもそうだし、私たちの兄として面倒を見てくれるサイ兄様もそうだ。
「サイ兄様、今日は兄様の説法が聞けるんですか」
「うん、まだ勉強中だけれどね」
「いいえ、兄様の説法、私は好きです」
「ふふ、ありがとう」
 サイ兄様はこの教会で神父になる勉強をしている。頭がよく、みんなに尊敬されている、大好きな私たちの兄様。
「ああイリス。頼みがあるんだ」
「なんですか?」
 兄様が私に頼み事なんて珍しい。兄様は悪戯っぽくほほ笑んだ。いつの間にか来ていたシスターも笑っている。
「大人になったイリス・ルイにおつかいを頼んでもいいかな?」
「おつかい、ですか」
「そうよ。みんなのご飯の買い出し、神父サイ・シオンのお勤め、貴方が代わりに出来るかしら?」
「……はい、がんばります!」
 荷物を纏め、大きなかばんを持って教会の外へ出る。いい天気だ。空を仰ぐ。
 ――鳥。あの白い鳥。なんだったのだろう。何かなければいいけれど――
 私は頭を振った。そんなことあるはずがない、この平和を象徴する国でそんなこと。
「イリス」
「あ、兄様」
 振り返るとそこには兄様が居た。お勤めの前なのにどうしたのだろう。私は兄様に駆け寄った。
「どうしたの?」
「今日はイリスの誕生日だからね。好きなものでも買っておいで」
 そう言うと、私の手にそっとお金を握らせた。私は感謝やら感動やらで胸が詰まり、何も言えなくなった。兄様はそんな私を見てくすりと微笑んだ。
「行っておいで、イリス。良い子にね」
「はい、兄様! 行ってまいります!」
 私は丘を駆け下りる。その上に建つ協会は、すぐに見えなくなってしまった。
 私たちの住む教会から街に出るには、少しだけ野道を歩かなくてはいけない。ミッテツェントルムの中でも港に近いマディスという町が、私たちに生活の糧を与えてくれる。
マディスは各地から行商人が集まる交易の町で、いつも人でにぎわっていた。
 シスターから渡された買い物のメモを見ながら、町中に広がる露店で日用品やら食べ物やらを買って歩く。言いつけられたものを買い終えるまで、たっぷり一時間はかかってしまった。
「ふう……」
 両手いっぱいに荷物を抱え、ふとポケットに入っているお金に気が付いた。そうだ、サイ兄様からもらったお小遣い。どうしようか。
 悩みながらいつもはついぞ立ち寄らないような各地の名産品や土産物が集まる店へと向かった。露店の店先には、いろいろな商品が所狭しと並んでいる。燦々と降り注ぐ陽光の下、私は目を細めてそれらを見つめた。
 その中で、ひときわ目立つ懐かしい香りのものを見つけた。
 砂漠にしか咲かない、可憐な白い花を模した髪飾りだ。2つ並んで、きらきらと輝いている。
「これ……もしかしてハイスヴァルムの?」
 店番のおじさんに尋ねる。おじさんはああ、と言ってその2つを手に取った。
「ああ、そうだよ。確か昨日だったか、久しぶりにあの国からの行商が来てねェ」
 そうか、昨日。昔はあんなに嫌いだった、褐色の肌や砂漠の砂が懐かしい。
「あそこ……今はどうなっているって、言ってましたか」
 私がハイスヴァルムからミッテツェントルムの教会に来てもう5年になるが、故郷のものを見たのは初めてだった。もしかして、内乱は収まってきているのだろうか。
「まだ悲惨な現状は続いているそうだ。またどこかの村が焼け落ちたんだと」
「そう……ですか」
 また、私と同じような人が生まれている。胸の奥がきゅうと苦しくなった。
「お嬢ちゃん、肌は白いけど、そっちの人かい?」
「はい……。今はもう帰る村はありませんが」
「そうかい……、良かったら、その髪飾り、持って行きな」
「え、でもお代、足りなくて」
 貰った金額と髪飾りの値段を見比べる。とても足りなかった。
「いいからいいから。またいつあっちの人が来るかわかんねえんだ。二つとも持って行きな」
「……ありがとうございます」
 私の手の中で風に揺れる二輪の白い花は、故郷の大きな太陽を思い出させた。
 帰ったらサイ兄様に付けてもらおう。兄様はそういうのも得意なのだ。きっと、兄様も子供たちも似合うねって言ってくれるに違いない。ポケットに入れた髪飾りに触れながら、教会へ戻る足取りは、無意識に早まっていた。
「――?」
 丘に差し掛かったその時、私の横をぱちりと火の粉が飛んだ。一体どこから来たのだろう。丘を登る。天辺に近づくに従って、じわり、と、背中が汗ばんだ。
熱いのだ。
私は走っていた。
息を切らせて教会にたどり着くと、そこにあったのは――大きな火柱だった。
ごうごうと紅の炎が燃え盛り、四大精霊様を祀った十字が天に赤を刺している。私の手から、荷物がすべて転がって落ちた。
「にい、さま……シスター、」
 呆然と立ち尽くしながら、崩れ落ちていく扉の音にはっとした。助けに行かなくちゃ。みんなを、兄様を。
「いや、厭よ、一人になるのはいや……」
 私は教会に向かって走り出した。せめて兄様のそばで。傍に行かなくちゃ。
「おいッ! お前!」
 後ろから声がする。でもそんなのは、どうでも良い事だ。
「死にたいのかッ!」
腕を掴まれた。私は振り返らなかった。振りほどこうとしたのに、ほどけない。私は行かなきゃいけないのに!
「離して! 中に、中に兄様がいるのっ! サイにいさーー」
 がらがら、と、非情な音が響き渡った。教会が崩れたのだ。がらんがらんと大きな音を立てて、煉瓦が、十字が、窓が落ちて行く。
「いや、いやあ、兄様――!」
 私の叫び声は、いったい誰に届いたのだろうか。

 それからの時間は、まるでスローモーションのようだった。マディスから消防隊が来て、崩れた教会の灯を消した。中は燃え尽きていて、もう誰がどれだか解らないみたいだった。私は腕を掴んだ人と一緒に、安全な場所に避難させられた。ああ、花束。今日は誕生日なのに、あの花束も燃えてしまっただろう。
 私の目からは壊れたように涙がこぼれていた。また1人になってしまった。もう、兄様もシスターも妹も弟も居ない。ひとりぼっちだ。
「……あのさ」
「……」
 隣に立っていた男の人が言う。私は初めて彼を見上げた。
 褐色の肌に赤い瞳。腰には大きな剣を差している。着ている服は「あの国」のものだった。
「これ。使えよ」
 差し出されたのはハンカチのようだった。ウコンで染めたような黄色が目に痛い。私はそれを受け取って、そっと目に当てる。微かに香るスパイシーな香りが故郷のものだ。
「ありがとうございます……あの、さっきは、すみません」
「いや、俺も……ああ、俺、フレイムっていうんだけど。おま……君は?」
「わたし……イリス・ルイです」
 この人――フレイムさんは私を助けてくれたのだ。あのままなら私も死んでいただろう。でも――死んだ方がよかったのかもしれないけれど。
「これから、行く当てあるのか」
「……ありません」
 首を横に振る。フレイムさんは黙ってしまった。それはそうだ。行きがけでこんな面倒を背負ってしまったのだ。町の人は私たちが知り合いだと勘違いしているらしいし、今更それを訂正する気力も、私にはない。
「俺、ハイスヴァルム出身なんだ」
「はい」
「今から帰るところなんだよ。一緒に来ないか」
「え? でも……」
 綺麗な朱の瞳が私を見ている。日はもう陰り始めていた。
どうせ、行く当てなどない。もしこの人が悪い人だとしてもそれはそれまでだ。わたしはこくりと頷いた
「じゃあ、決まりだ」
 貴女の導きに、幸いがありますよう――
 白い鳥の声が、どこかでしたような気がした。

prologue1 
【girl meets boy】






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