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突然、ガタンと近くで大きな音が鳴った。
体に震えが奔る。……本当に、みんな大丈夫だろうか…。
……って…え?近く、で…?
ドタドタと2人ぐらいの足音を耳に入れた瞬間、サァっと体が冷たくなった気がした。
誰か、来る。この部屋に向かって。
「(い、いや。もしかしたら…この船の人かも…)」
きっと、そうだ。じゃないとこんな奥のほうまで敵が侵入してくるなんて、彼らがそれを許すわけない。
そんな希望をかけてみたのに。
「お、ここは倉庫だな。」
「伊達に二億ついてるわけじゃねェんだ。こういうところにお宝は眠ってんだろ。」
その声は聞いたこともなければ、安堵も連れてこなかった。
未知なる声は、言葉は、明らかに彼らの敵で私にとって味方ではない。
恐怖を招き、せっかく前を向きかけた思考を引っ込める。
足音は私のいる隠れ家を掠めて行き少しずれた所で立ち止まったようだ――当初、私が隠れる予定だった倉庫の前に。
もしも、あのまま倉庫に隠れていたら―――?
考えただけで、怖い。怖すぎる。
船長さんがこの小さな隠れ家を教えてくれなかったら、今頃、私は。
「殺されて、た……」
侵入者は、敵である私を、…躊躇なく。
言い様がない恐懼が震えを呼び覚まし始める。
私は、護られた。護られていた。
彼らに、船長さん…ローさんに。
ずっとわかっていたことなのに、何故か涙が流れた。
わかってる、わかってるよ。ローさんが護ろうとして私をここに導いたわけじゃないくらい。
頭ではわかっているけど、今の私は勘違いをしてしまいそうだった。いや、ただの願望だ。
少しでも、護ってくれようとしたんだと。死なせないで、生かそうとしてくれたんだと。そう望み、願う。
いろんな矛盾が頭をめぐる。私は彼にとってちっぽけな存在だとわかっているのに。
わかっているのに、何故私は望むんだろう。期待をするんだろうか。
ああ、それを人は『欲望』と呼ぶのか。
生と死の狭間、小さな切欠でどちらかが決まる世界の中。
私はただそれに恐怖し、何を考えているかもわからなくなった。
そして現実へと呼び戻したのは、見知らぬ者の声と倉庫の扉が開かれる音。
「んー、…お、武器とかあるぞ。金品は……奥にありそうだ!」
「あんまり時間はねェ。この船のやつが気づく前に袋に詰めて掻っ攫う。
戦闘になったときに血がついたら意味ねェからな。」
私は一瞬だけ、出て行くかどうか躊躇した。彼らに今の現状を伝えるか否か。
だがその考えはすぐに消える。理由は1つ。私が出て行っても何の意味も成さないからだ。
私は敵に立ち向かうこともできない。彼らに利をもたらすことは確実にない。
ただ怖いだけだろうと言われればそれまでだが、ならば私に勇気があったとしても彼らの利となるか。それは否。
私ができること、彼らを信じて、祈るだけ。
「(誰か、気づいて…!)」
敵の侵入に、必要とされる荷の危機に。
「てめェら…人ん家に入るのに『お邪魔します』もなしかよ。礼儀がなってねェなァ…」
聞こえた声は、待ち望んでいた声。
「っ!!おい、トラファルガーだ!!!」
「なに!?」
焦った声。連動して大きな足音が鳴り響く。
姿が見えない中、今外がどんな状況かは想像することしかできない。
頭の中に浮かんでいたのは2人のおぼろげな海賊が船長さんと対峙している場面だった。
「おっと…海賊に礼儀を説くのは間違ってたか…。」
「………わざわざ船長登場たァ思わなかったな。そちらさんこそ、客に茶の1つも出さねェたァどうなんだ?」
「あいにく招かれざる客を持て成す趣味はないんでな。」
「ならすべて奪うまでだ!お前の首もなァ!!!!」
聞くだけで私の思考に逃亡が浮上する会話のなかで、ローさんの声色は変わらない。
決して自意識過剰でない自信、威厳。怖くもあり、羨ましくもある。
私は無性に彼の姿が見たくなった。ローさんだけではなく、他の彼らの姿も。
早く元気な姿を、生きている姿を確認したい。そんな願望が生まれた。
船長さんが登場した今も、残る不安。これを解消するにはこの目で全てを確かめるしかないと思った。
何も見えない誰もいない暗闇の中ではギュッと目を瞑りながら。
「(はやく、終わって…!)」
私はただ『終わり』を願うばかりで、気がついていなかった。
その『終わり』の先に、何があるのか。伴って存在する、逃れられない事実に。
冷静に考えれば、簡単にわかること。
恐怖が支配する思考回路のなかでは、導きだすことはできなかったけれど。
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