25


廊下を辿り進めば目的地であるレイがいる部屋へと着いた。
取り敢えず長剣はペンギンへと預け、ローは持参してきたメスのみ手に持った。合図がない場合は部屋に入るなとペンギン

に指示をだす。
万一の場合を考え、今は閉じられている廊下と部屋を隔てている扉は開けておくことにした。こうしておけばすぐに長剣も手

に入るしペンギンも応戦できる。
まだ閉じられた扉の前でローはスッと手を持ち上げた。

「ROOM=v

ぶわんとドーム状のサークルがローを核とし辺りを包む。
部屋が全て包まれたのを確認して、ローは扉を開けた。
気配を消し物音も最小限に抑えつつ一歩、また一歩ベッドへ近づく。
やがてローの目前にはすやすやと眠るレイの姿が現れた。
これが自分達を油断させるためにわざとしているものだとしたならば凄いものだ、とローは思案する。
少なくともローには隙だらけに見えた。自分がこうであるのだからこの船に乗る者全てそうだろう。

「(さて…ベポが泣くか、否か、だな。)」

左手で握られたメスは点灯された頼りない光を受けて鈍く光る。
音もなく、その刃はレイの喉笛の上へと数ミリの隙間を残して当てられた。

このまま切られれば、レイが刺客である確率はほぼ皆無。
レイに自分の能力を知られていたとしても、刺客ならば何かしら反応するだろう。(頭が切り離される、何をされるかわか

らない状況では後に面倒なことになると考えるだろうから)
能力が発動しているかはレイにはわからなかったはずだ。
スースーと聞こえる呼吸音を確かめてローは腕を引いた。

鬼がでるか、蛇がでるか。それとも、



「……」
「……」

ペンギンもその様子を見守る中、沈黙が辺りを制した。
唯一の音はレイの規則正しい呼吸音。
レイの首の中央部には肩と平行に不自然な空間が2mmほど空いていた。

「キャプっ―――んぐ!?」

微かな声が耳に入った。ペンギンのものではない。チラリと扉を見れば、ふわふわしたものがパタパタとしていた。
どうやら、よりによってベポに見つかったらしい。ペンギンがそれを抑えているのだろう。
心中で溜め息をついて、離れたレイの首をもどそうとローは頭に手を添えた。

「ん…。」

瞑られた瞼が微かに動いた気がした。それに気がつくとローはすばやく首を引っ付け、能力の発動を解いた。
どうやら、触れたことが目を覚ませるきっかけをつくってしまったらしい。
咄嗟に左手のメスを見えないように後ろに忍ばせ、ペンギンに扉を閉めるように指示を送った。
まだ眠そうなレイの瞼が億劫そうに持ち上がった。

「…あ、れ…ローさ、ん…?」

力のない声で名を呼ばれたローはぴくりと眉を動かした。
夢うつつなレイははっきりとローの顔を捉えると、ハッとしたようにようやく目を覚ました。

「せせせ、船長さん!?あれ、というか私、なんでここに…?」

眠る寸前までローの部屋で本を読んでいた記憶のあるレイはあたふたし始める。
本当、これが演技だというやつがいるなら拝んでみたいものだとチラリと思ったローは小さく息を漏らした。

「おれが目を覚ましたら寝ていた。」
「っ!?すす、すみません!途中でしたのに…!」
「いや、最初に寝たのはおれだ。お前に非はない。」
「で、ですが…!」
「悪いと思うなら、明日からまた手伝え。」
「へ、手伝えって…」
「本の解読だ。」

それぐらいわかれ、と思ったが寝起きな上に気が動転している所為で頭が回らないのだろう。
にしても随分おれに対して饒舌になったものだ。いや、少し違うか。
饒舌になった、というよりおれに見せる感情が多くなった、といったほうが正しいかもしれない。
最初のほうは恐れしか見せなかったのに。

別に惚れてるわけではないから『嬉しい』とか思ったわけではない。
ただなんとなく、『思っただけ』なのは出会ったころも今もおれの中で変わらない。

「明日から午前中はおれのところに来い。掃除をするなら午後からにしろ。」
「あ、は、はい。わかりました。」
「用件はそれだけだ。…それと、お前を運んだのはベポだ。礼ぐらい言っとけ。」
「!わかりました。えっと…」
「……なんだ。」
「…わざわざありがとうございました。お、おやすみなさい。」
「……。あァ。」

いつものようにペコリと深く頭を下げたレイを背を向け、ローは部屋から出た。
バタンと扉が閉まり、チラリと横を一瞥するとペンギンに抑えられたベポが何か言いたげにこちらを睨んでいる。
ここで説明するわけもいかないので、ペンギンにレイが寝たのを見計らって船長室に来いと告げてから一足先にローは

その場から去った。



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