淡色に包まれて(青峰)
先に部屋に戻ってろという青峰の言いつけ通りに真っ直ぐに戻った自室で、薄手のコートとジャケットをそれぞれハンガーに掛ける。皺の無いシャツやタックの入ったズボンを着替えて髪も解いてしまえば、それだけで大分気持ちは和らいで、音こそしないもののオンオフのスイッチが切り替わるような錯覚に見舞われる。コンコン、と控えめで、青峰の性格に似合わないノックの音にどうぞと答えれば、ティーセットの乗ったツヤを消したシルバーのトレイを片手に器用に部屋に入って机に置いた。
「飲むだろ?」
「うん、ありがとう」
普段の青峰を見ている人から考えれば、縁遠いものに思えるかもしれないが、中々に執事職がハマっているのである。欠点を上げるとするならば敬語が使えないこと(最初はすごく怒られていたが)と、紅茶が淹れられないことぐらいだろう。実際年は変わらないのだから敬語は必要無いし、こっちも少し気を張ってしまうところがあるから、むしろ有難いくらいで、紅茶は自分で淹れるのも人に淹れて貰うのと同じくらい好きだからさして問題と言った問題も無い。
「…青峰も飲むんだ」
珍しく同じ柄をしたティーカップが二つ用意されていることに気付いて、そう声を掛けるとバツが悪そうに頬を掻いて答えた。
「まあ、たまにはな」
温められたポットにティースプーンで茶葉と生姜のスライス(と思わしきもの)を入れて、お湯を注いで蓋をする。細身の腕時計で時間を確認して、蒸らしている時間を計算する。
「紅茶淹れるのに手間かかるもんだな」
「私がこだわってるだけかもしれないけどね。今すぐとは言わないけど、いつかは青峰にも紅茶のひとつやふたつ、淹れられるようになってもらわなくちゃ」
「へいへい」
小言を聞き流すような受け答えにムッとしながらも、よい香りもしてきて時間も良いくらい。ポットの中を軽く混ぜてから、カップに注ぐ。ほんの少し砂糖を加えて、鮮やかな色と生姜独特の香りを楽しむ。息を吹き込んでから舐めるように温度を確認して、少しずつ飲み下して行く。
「うめえな。」
「ん、美味しい」
最近寒くなってきたからジンジャーティーなのだろう。身体の芯から温まっていくような感覚に、青峰の、切れ長で、人によっては睨まれていると錯覚する目も、心なしか和んでいたような気がする。
「やっぱり当分俺が淹れることにはならねぇだろうな」
紅茶を啜りながら何で、と疑問を込めた上目で尋ねれば純粋に嬉しそうに答えた。
「なまえが淹れた紅茶好きだし、多分敵わねえよ」
裏が無さそうな無邪気な表情と言葉に私は言葉を失って何も返さずに、彼から目を逸らしてカップに口をつけた。家についてまず、不器用な執事と日替わりの色の凪いだ水面を揺らすのが私の日課のひとつである。
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